夏の朝に海へ行く(立葵、ノウゼン、夏燕)


夏の朝に海へ行く(立葵、ノウゼン、夏燕)


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船ゆれて朝の光りに輝ける海面に浮かび漁師見るかな

夏の朝海面輝き一艘の漁船操る人の見えにき

広々と朝の平野に立葵朝の光りのまぶしくさしぬ

ノウゼンの咲き始めるや電線に燕とまりぬ朝の街かな


今日は朝から晴れていて暑かった、今日も一日暑い、まだクーラーをしていない
熱中症になりやすいのでこまる
漁船が一艘まじかに見えた、それで写真を撮った、今の時代写真が欠かせない、だから写俳という分野が生まれた、もともと正岡子規が唱えた写生俳句と写真が相性が良かったのである。みたままを俳句にすることだからでる、写真はまさにありのままの見たままを写すからである

立葵は夏にふさわしい花である。でも梅雨の時期に咲くから日本には合っていない
今日は晴れていたので写真の写りがいい、ノウゼンカズラも咲きはじめた

燕が何羽か電線にとまっていた、すでにノウゼンは二三道に散っていたのである
夏本番が来る、問題は熱中症になりやすいから自転車で遠くに出れなくなる
まともに陽射しを受けるか老化してそうなったのである
ただ自分は体は動くのである。脳梗塞になって歩くのがやっとという女性を見たらいかに健康が老人にとって大事かわかる、金のないのも問題もあるが老人になると健康な人と病気で弱る人のさが大きいのである。その女性は自転車にも乗れなくなったから買い物もある歩くほかない、だから自転車にも乗れなくなったら困る、買い物でも毎日ある
ともかく今日も暑い、暑さを乗り切るにも健康でないとできない、クーラーも必要だがこれは体に悪い場あいがある、この辺は海が近いから35度とかにはならない
それで助かるのである

これはフェスブックにも出す、フェスブックは最近始めたのでありまだ理解していない
わかったことはリアルタイムに実況中継するのにいい、スマホで写真でも動画でも簡単にアップできるからである

2023年06月28日

地方の既得権者の郵便局、農協、地銀の苦境 (巨大組織は宗教であれ何でも政治化した利権団体である)


地方の既得権者の郵便局、農協、地銀の苦境

巨大組織は宗教であれ何でも政治化した利権団体である

最近知っている人の娘が農協に就職した仙台の大学を出た人だった。普通なら安定したところに就職してよかったとはなる。田舎では公務員と銀行と郵貯は御三家であり。そこに就職すれば安定しているとなる。

地方では田舎ではあまりいい就職先はない。

でもこの三つに就職すれば安定するとなる。 それ以外で多いのは 建設土木関係である。事務系となるとこの三つが就職先になる。

おそらく。そこに就職できたのはその娘の親が代々 農家でありそれも古い農家であり鎧を博物館に寄付したともいっていた。また紙漉をしていた家でもあった。 そういう家柄だから就職できたのかもしれない。田舎は往々にしてそういうことがある


農協も郵便局もかつては役所とならんで地域の代表的な就職先で、地域経済の要でした。郵便局長会の幹部からは、「農協も去ってしまったいま、私たちが地方の最後の砦」という発言をよく聞きます。


地方銀行‟仕組債販売”、その「危なすぎる手口」が判明!ローカル・エリートがいまだ取りつかれる「モーレツ営業」のヤバすぎる実態(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース


最もつかみどころがなかったのが、日本郵便の郵便局長で組織される「全国郵便局長会」(全特)です。  法人格もなく、誰からの監督も受けないこの組織は、全国で数十万票という安定的な票田を持つ日本最強の集票マシンのひとつで、政治に大きな影響力を持っています。  会員である全国の郵便局長には「集票ノルマ」が課され、郵便事業のための販促カレンダーや顧客情報まで活用して選挙活動を活発に行ってきた。見えてきたのは、全特が郵便事業を私物化しているような実態でした。



農協も郵便局もかつては役所とならんで地域の代表的な就職先で、地域経済の要でした。郵便局長会の幹部からは、「農協も去ってしまったいま、私たちが地方の最後の砦」という発言をよく聞きます


不祥事連発、自爆営業…自民党をバックアップする「郵便局」と「農協」のヤバい実態(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース




地方では田舎ではこれら は?御三家でありここに就職すれば安泰だとなっていた。つまり倒産したりはしないからである。でも郵便局は民営化してIT化などで苦しくなった。

農協でも経済構造が変わり農家の力は衰えた。自民党の強力な 票田であった。それから郵便局でも自民党を支援していた。 これは、高度成長の時代は問題になることがなかった。みんな安心して郵便局や銀行や農協に貯金をして頼っていたのである。そして利子も必ずついていたから、問題になることはなかった。


でも、日本の経済が衰退した時。この御三家もやはりできなくなってきたのである。農協でも農林中金などはアメリカの危険な会社に投資して大損をこうむると言われる。すると農家が貯金したトラの子のお金が奪われることになる。 地銀でも投資先がなくアメリカの危険な会社に投資している、郵貯でも地銀でも今や証券会社の様にもなってる。


地銀では証券会社の人と一緒に来て投資信託を進めるからである。ゆうちょうでもそういうことがあり問題になった。

そして地方の御三家の郵貯農協地銀は既得権者であり利権団体にもなっていた。郵貯と農協はそうである。そこには国の税金が依然として注ぎ込まれているからである。郵貯が民営化してもそうなのである。 


結局組織団体化するということは利権化することである。それは宗教でも同じなのである。その最たるものは創価なのだけど。ほかの宗教団体でも同じなのである。なぜならそこにまとまった票を得ることが出来るからである。それが自民党と結びついているから優遇されるのである。そうしてこういうふうに利権化した組織団体は内部からなかなか改革できないのである。特に地方では利権化してその利権を放したくないという人たちがいて内部から改革することができなくなっているのである。地方のボスには逆らえないという事情がある


でも今はもう利権として維持することが難しくなっている。そこに国民の税金が注ぎ込まれていることに。不満な人が増えているからである。ただ正直田舎には地方には大学出たからといって就職先となるとこの御三家であり。公務員であるから困るのである。田舎ではそもそも資産がないと生きづらいのである。土地に家があり家産がないと生きづらいのである。農業だったら、そうして土地と家を受け継いで維持してきたからである。何代も維持できたのは家産があったからだとなる。その家産を受け継いだのは長男だったのである。

もともとヨーロッパでもその家と土地と家産を受け継ぐことが優先されていたのである。家産があって人があったとされている。何か人が死んでも建物が残っている。建物の方が人より長く存在し続けているからそうにもなる。


それは城と一体化した侍を見れば分かる。会津の白虎隊も城が燃えたということで自刀したからである。そこで城と人間は一体化していたのである。城があって人間があったともなる。というとヨーロッパでもローマ時代の建築物が残っていて歴史を振り返るからである。2千年前の建築物も残っているから。その建築物から過去を振り返る。でも人間の一生はは長くても百年でありみんな消えていくのである

本当に時代が変わる時、既得権者が維持できなくなる。それが今地方でも田舎でも起きていることなのである。 だから、こういう大きなな変化の時代には既得権者も維持できない。それが地方でも田舎でも起きているためにこういう問題が表面化したのである。


とにかく人間社会は利益で動いている。だから必ず利権団体と関係している。それは宗教でも同じなのである。そこも巨大な利権団体なのである。賽銭投げて御利益を得ることを祈る。それは利権団体となり政府に要求する,政治化するのである。原発の利権でも想像を越えた巨大な金が動いていた。だからその利権に検察とか警察でも海上保安庁とかでも天下りしていたのである。そういう利益で利権ですべてが動いている。それが社会を歪める

だから時代が変わる時はそうした利権構造であれ既得権者が変わるのである。でもそれを変えることは容易でないから戦争に負けて焼け野原になったりすると既得権者でも一掃されて社会が激変するのである、今がそういう時期になっている。だから田舎でも地方でもゆうちょ、農協、地銀に就職しても安泰な時代ではなくなったのである。


報道でも利権が関係している。福島民報では創価の聖教新聞を刷っているし政経東北でも除染で大儲けした双相リテックを宣伝したりしているのは利権になり金になるからである、報道自体が金がかかるからそうなる。

インターネットだと金はかからないから誰でも報道できるとなる、でも手間はかかるのである。

メデアとは中立の意味であり中立の報道することがむずかしい、いろいろな利権団体がありその圧力もあり中立になりにくいのである。NHKすら公平ではない、でもマスコミは中立を装うから問題なのである

別に赤旗でも聖教新聞でも偏っていてもいいのである。みんなそいうものとして読んでいるからである

マスコミは中立でないのに中立を装っているから問題なのである。


ただ正直中立であることは最高にむずかしい、それは神しかできないかもしれない、神は偏り見ないからである

それで隠者が報道に向いているというのは意外である、なぜなら利権団体と利権とかかわらないからである

でもそれにも問題がある、とてもそうなるといろいろな人の話でも聞かないと社会のことがわからなくなるからである、この世は利権とかかわらないで生きることもできないとなる。だから公平に見れるのは神しかないとなる

そして神の裁きが来世にあるとなる、この世ではとても公平でありえないからである。



posted by 天華 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2023年06月26日

梅雨の晴れ間の俳句ー夏燕、夏雲雀、涼しさ、紫陽花


梅雨の晴れ間の俳句ー夏燕、夏雲雀、涼しさ、紫陽花

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道の駅寄りてすぐ去る夏燕
沖に船太平洋や夏燕
朝日昇り波打ちひびき夏雲雀
六号線盛んに飛ぶや夏雲雀
何使う空地の広く夏雲雀
走り去る電車の早し夏雲雀
部屋にいて夏雲雀鳴く外に出む
白波や遠くに船見る夏の海
涼しさや自転車走り風を切る
井戸の水汲みて涼しや街の中

部屋にいて紫陽花の青心しむこの家いとしみ静かにあらむ
我が部屋にそよぎ入る風涼し心静かに隠れてありぬ

昨日も暑かった、今日も暑い、梅雨はじめじめして外に出れなかった、昨日は久しぶりに晴れたので原町の方に行った。でも陽射しを浴びると熱中症になる。それで夏は外に出れなくなったのである

ただ夏はなつらしいのがいい、夏は夏で謳歌したいとなるがやはり健康でないとできないともなった。
自転車はまともに日差しを浴びるので熱中症になりやすい、ただクーラーはまだしない、やはり自然の風がいいのである。風が部屋にそよぎ入り涼しいとなる。30度越えるとクーラーがどうしても必要である。部屋でも熱中症になるからである。

広い元は田だった所に雲雀が鳴いている。何も用もなくても自然はそこに雲雀を活かしめ用あるものともなる。都会には空地がないからである。それで窮屈になる。空地があることはやはりむだだとはならないが田舎だともったないとなる









2023年06月25日

音声入力で苦労するーwin11の変化でも苦しむ (通信でもやはり文章がメインになる)

音声入力で苦労するーwin11の変化でも苦しむ


(通信でもやはり文章がメインになる)


パソコンには苦労する。win11にしてからいろいろ分からないことがあり。音声入力をするようになったのだが。それがうまくいかない。でもこれを覚えればかなり入力が楽になる。

失敗したのは?Googleの音声入力を使わなかった事である。そのためにうまくいかず。入力がうまくいかず。必ずあとで直すことがありそれで手間取った。文章の校正することが大きな障害だと知った

音声入力はGoogleのドライブで使うのは優れているから便利である。

パソコンはとにかく文章を書くのがやはり中心になる。それで私は富士通で発明した親指シフト覚えてワープロ時代から親しんでいたのである


それで作家の 人が親指シフトを使えないと文章を書く気がしないというのもわかる。それだけ文章を書くということが面倒だからである。

この障害があってなかなかワープロでもパソコンでも馴染めないものとなっていたのである。


とにかく パソコンの操作が面倒なのである。何か?一つのことでもわからないと操作ができないと前に進めなくなる。だからその操作を覚えることが面倒なのである。 20年くらい?ワープロとかパソコンを指摘しても一番の問題はスムーズに文章を書くことなのである。それが一番の問題なのである。そこでみんな躓きやすいのである。


今度はスマホでフェイスブックを始めてが これもわかりにくい。それでアップはしていなかった。スマホはパソコンよりわかりにくい。画面が小さいので何か全体を把握できない。細切れになっていて混乱してしまうのである。そしていろいろなものが無分別に入りすぎているのである。

それで情報を探すのにも手間になるのである。

このパソコンを操作することは時間がかかる。そして技術も発達するからそれを使わないと大きな損になる。


フェイスブックだとリアルタイムに実況中継するのに向いている。で。別に実況中継しても。見る人は? いない。外国も参加しているのだからその情報が膨大になり常に変化しているから見られることは簡単にできない。そこで見られるのは?刺激的な映像なのである。映像を中心になっているのである。でも実況中継だから。そこで。今まで伝えられないことが。生放送として伝えられる。まあ、確かに魅力である。その現場から。直接リアルタイムに放送できるだからといってそれを見る人はすぐにはいない。やはり時間差がありあとでみることになる。でもリアルタイムに放送すれば生放送であり何か違ったものになる。これがフェイスブックではできることを知った。でもその使いかたが面倒でありなかなか使いこなせないことがわかった。気軽にその場から放送できることは強みであることを知った。


ともかくインターネットの世界は常に変化して技術も進歩するからそれに追いついていくのがなかなか出来ない。特に老人はできない。私はワープロ時代から。親しんでいたからなんとかできるのだがスマホになるとまた別でありわかりにくいのである。

その大きな障害がスムーズに文章を作れないということである。


最近家のリホームとかいろいろあり今は会話はしてない。ただ一方的に書いているだけである。それは家事から何から一人でやっているからできないのである。そして今まで書いていた詩などをまとめるのは整理するのが大変な作業となっているのである。本にしても整理するのは大変なのである。本を読むということは、やはり知的作業の基本にあるでもありすぎると前に読んだことも忘れてしまっているのである。だから本でも自分なりに消化することが編集したりしてその本のエッセンスを取り出して自分なりのものにすることが必要なのである。


ともかく現代は情報社会であり表現社会であり個々人がとにかく何かを表現する時代なのである。そのツールとしてパソコンが最適なのである。だからパソコンやインターネットというのはそういう点で20世紀の革新的な発明だったのである。だからこれを使いこなせないことは時代から 遅れてしまうのである。


結局未だにhttpsにしていないとかワードプレスをしていないとか技術的に遅れたので失敗したとなる

それでアクセスも増えないのである。ただ私の場合軽く会話するものと違うから固いものだから大衆向きではないからアクセスは増えないのである。フェスブックなどは刺激的な映像で百万とか世界で見たとかある

つまりどこの世界でも大衆化して俗化して低俗化するのである

宗教自体ただ選挙のために数を集めるカルト団体のようになったのも同じである

大衆的情報社会になりそれがスモッグのように覆って肝心なものは隠されるのである

つまりいくら技術が発達してもそれが大衆化すると低俗化して肝心のものが見えなくなるのも問題なのである。


2023年06月24日

家族とは明治以降に作られた言葉 (江戸時代の家は一族郎党の広い範囲の共同体ーファミリーの語源)


家族とは明治以降に作られた言葉

(江戸時代の家は一族郎党の広い範囲の共同体ーファミリーの語源)


「家人」と「御家人」の違いとは?分かりやすく解釈
「御家人」とは、鎌倉時代において鎌倉殿と呼ばれる「幕府の主権者の家と主従関係を結んだ家来」のことを表す言葉です。
「御家人」制度は鎌倉幕府の根幹となるもので、主従関係の基本は「御恩と奉公」という考え方で成り立っていました。

家人」と「御家人」の違いとは?分かりやすく解釈
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野馬追いの御家の旗は小高区からでている。小高が相馬氏が最初に城を築いた所だから御家の旗印があるとなる

●家族は明治以降に作られた言葉

家族という言葉自体明治になって造語されたものでありもともとなかった言葉である。家族というとき当たり前でありそのことで今違和感を感じることはない、でも明らかに江戸時代にはなかった言葉なのである。日本が開国してヨーロッパの文明を受け入れた時その概念でももともと社会に存在しないものだから訳すのに困ったのである。
社会自体がそうである。社に会すが社会だとするとそれは村という極めて狭い範囲のことであり社会となればsocietyは広いのである。市民というとき日本にはそもそもいなかった。市民とはヨーロッパでは都市国家があり都市が城壁を壁をめぐらして敵から守るためでありそこで強固な一体感が生まれた。citiznshipが生まれた。だからパスポートにどこの市民なのか記すのである。

だから家族という言葉は明治になった生まれた言葉であり江戸時代にはなかったのである。江戸時代の規範は侍が作った。
家というとき家とは大きな範囲の共同体だった。平家とかなればそうであり御家あり御家人がいる。家人となればただの使用人だったなる。それでも一つの家に仕えるということがあり家とは今の家族とは違っていた。
徳川家となればと徳川家となれば国を支配するとまでなるのだから家とは大きな共同体であり家族となるとそういう感覚にならない。親がいて兄弟姉妹がいてとか狭い血縁関係である。なぜ家族という言葉が作られたのかとなると誤解しているのは一家の墓家族の墓は明治以降作られたもであり江戸時代までは家族の墓はない、・・・家の墓はないのである

侍でも個人の墓であり夫婦の墓はあったが家族の墓はなかったのである。江戸時代の末期に庶民も豊かになり姓を持ち個人墓を作った。大方は村の共同墓地に葬られた。そこを仏方(ホトケッポ)とかなり地名として残っている。
だから明治以降家族という言葉が生まれた時、家族は今までのものと違ったものなのである。血縁だけの狭い範囲のものとなったのである。家は一族郎党のことでありその範囲は血縁に限らないのである。家の子というとき家に所属する人であり血縁者ではない、だから一つの家の墓がありその前に墓標とかだけの小さな墓がいくつもあるのを見かける。ただ土を盛っただけの墓とかある。それはその家で働いた人たちでありそれでもその家の人として埋められたともなる。

●ファミリーの意味

英語のファミリーの語源はラテン語のファミリアである
このファミリアは畑、家屋、金、奴隷、であり財産のことである。
ローマ人の場合にはそれは当初決して夫婦とその子供を刺すのではなく奴隷だけを指すfamulusは家内奴隷のことでありfamiliaは一人の男に属する奴隷の総体のことである

ファミリーは財産とのその維持管理があって生きていけることをファミリーの語源は示している。一般に財産の維持管理を継続的計画的に行う組織が経営であるがファミリーにも声援の生活保障のためのファミリアの経営が必要である

ここで奴隷がファミリーの一員になっている。つまり奴隷は家で働くものでそれでファミリーの一員になり手厚く主人の家族のようにも扱われたという事実もある。そこが誤解している面がある


柳田国男に言わせるとファミリーはそれ自身労働組織であり親子という言い方ももともと血縁関係を意味するよりは労働の組織であったオヤコのコは家の子、ミヤツコ(造)などのコであり労働者を意味していた

最初の国が国造(クニノミヤツコ)としたのはそれとにている。一つの家に働く人たちでありそれが国の始めだったなるからである。
相馬藩は相馬氏から作られた、御家の旗が野馬追に出る時、御家とは相馬氏の一族だけでない広範囲な共同体があり形成されたものであり範囲が広いのである。
御家とは一つの会社でありそこで共同で働くということで連帯感を持った。人間はやはり共に働くということで連帯感をもつのである。だから村は一つの家族ともなる。取り上げ親、乳付け親、名付け親元服の際の烏帽子親とかあい村の子供は村のファミリーの一員になるからである。
家族とは子供を夫婦で育てるという本能としてある。でも人間の場合そういう動物的なものから血縁的なものからだけではない広範囲なものとしてそれが社会になったのである。

そうして家族でも社会によって規定される社会の変化によって家族の形態も変わる
江戸時代の家族と明治以降の家族は違っているさらに戦後の家族は会社中心の社会になったとき核家族と言われかえってファミリアと言われた大きな共同体が失われたのである
それでそのことからいろいろとまた問題が生まれたのである昨今の介護の問題でも大きな家族ファミリアがあれば助け合う人は広範囲にいるともなる今は家族というだけの狭い範囲で介護とかでも押し付けられるのであるそこで数々の悲劇が起きてくるのである

また孤独死の問題でも人間は拠り所とするファミリアが無くなったことにも原因しているだから家族といっても時代によって変わり今や核家族という時それはもうともにともに支え合うという余裕がなくなっている個々バラバラになってしまった社会にもなったのである。ファミリアというとき親しいという意味もある
つまり人間が親しい関係を作れるのは狭い範囲なのである
グローバル化して物が外国から入って来ても親しい関係にはなれない、グローバル経済は人間を経済からしか見ない、だから人間も外国人を労働力として入れるとしてもあくまでも奴隷的労働力としてしか見ない,情のない一時的雇用関係となってしまう、ファミリーを形成することはないのである。

要するにファミリアな親しい関係を築くのにはとてもグローバルには築けない、封建時代という時何か遅れた社会とも見るがそこで形成されたのは人間と人間の強い絆であり結びつきである
それは常に顔と顔を突き合わせる狭い範囲での親密な交わりがあったからこそあり得たのであるグローバル化してもそうした親密な人間関係は作れないものと物のやり取りでありそこで人間の心で結びつくということは無いだからその関係も1時的で壊れやすいのである人間も今やものとして扱われ経済的一単位として扱われそこにやり取りされるのは金だけだとなる

●失われたファミリーとしての共同体

それでも高度成長時代は終身雇用とか会社が一つの村のようになり福祉もになっていたそれは高度成長時代だからできたのであるでも今度は会社でも終身雇用などできないすると会社員もジョブ型雇用になりその時々の会社の方針で一時的にその才能を利用するだけだとなる
とても全人間として扱うことはできなくなったのであるいずれにしろ人間をにはファミリーが必要であるでもそのファミリーが明治以降家族になった時そこにかつての村とかの大きな範囲のファミリーは喪失したのである
家族を考えるときそれと同時に社会も考えるなぜなら明治以降は封建社会でなくなりその代わりとして天皇を親として国民を赤子として新しい国家体制を作ったからである

言えることは家族とは意外と脆弱なものであり維持すること継承することでも難しいのである
でもファミリーとなる時それは家族を超えた血縁でも超えた大きなものでありだからこそそこでは単に経済的単位というのではなく人間としての深い結びつきが育ったのである
家族遺棄社会という時家族だけではもう介護でもできない金がないということもあるが人でもないということがあり限界になる
そして家族を捨てるともなる家族という単位は実際は少ないためにも手が回らないとなっている。
とにかく人間社会というのは何かを得れば何かを失っているだから封建時代など前近代的であり遅れたものでありとかなるそれはヨーロッパでも奴隷がいて遅れていたとかなるでもその時代に時代でやはりそこには現代が社会が失ったものはあったということである
そういうことで人間は歴史を学ぶ必要がある今なくなったものが過去にあり過去にないものが今にあるそういう比較をして今を知るのである

長塚節の「土」の勘次一家の美しい家族愛が示すように貧農のファミリーでは成員のすべてが愛よりあい助け合ってお互いの肌をお互いの肌でぬくめあって生きていた
貧農のファミリーには家族の絶対専制はなく権威は一つの温かな人情的情緒的雰囲気の中にありだからそれは同時に共同体的意識を伴っている(日本社会の家族的構成(日本評論新社括弧)

つまり人間というのは奴隷であれ身近に一緒に暮らしていれば自ずとファミリー親しさを感じてくる
だからこそいくら奴隷でも家族のように扱われたという事例がある。今ではそういうことはありえないただ小さな会社だと社長が親とかなり社員がもう家族のようになるそれは狭い範囲で一緒に働いているから自ずとそうなったのである
そもそも働くことは端(はた)を楽にしたいということが働く動機となっているそれは身近に苦労して働くことを見ていたからである

でもグローバル社会になればその働く人は全く見えないのであるそれでバナナを取るにしても暑いところで汗をかき楽ではないと報告があった
でもそれを買って食べる人はそんなことを全然思わないのである思いようがないのである。外国で働いている人のことなど見えないからであるだからグローバル経済というのは非情なものになるのである。経済の原理だけが働き人間的なものは無視されるのであるただ旧来のファミリーとかがすべていいものとして見ることはできないでもそれをすべて悪いものとして否定もできないのである社会は時代は常に変化している
それと共に家族も変化してきたのであるだからファミリー的なものが共同体が再び新しく構成されることを望むのである
でも疑似共同体とかまた生まれてからそれがカルト教団でありそこを拠り所にどころとする他ないのもやはりファミリーとか何かよりどころとなる共同体の喪失がそうさせているのである

家族の文化構造―川本彰

この本を参考にした


サグラダ・ファミリア(カタルーニャ語: Sagrada Família)は、スペインのバルセロナにあるカトリック教会のバシリカである。聖家族贖罪教会(カタルーニャ語: Temple Expiatori de la Sagrada Família)という正式名称を持つ。日本語では聖家族教会と呼ばれることも多い。

このファミリアは訳すと家族になるがその訳からイメージすると違ったものになる。その家族は小さな親兄弟とかの範囲である
でもこのファミリアは相当に広い範囲のことを人間共同体を示している性家族協会ということは聖家族教会ということはキリスト教の信徒団体のことだからである
だから訳すと常に何か誤解があるそれは日本語で表すとそのから離れたものとなるからである
そこに言葉で表せないものがある

2023年06月22日

縮小化する日本の象徴が原発避難区域に具体化された (森が再生されて再び森の国になる日本の未来)


縮小化する日本の象徴が原発避難区域に具体化された

(森が再生されて再び森の国になる日本の未来)


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経済的に成り立つであろう地域人口を確保できる中核都市を作り、人が住まないところには行政・民間いずれもサービスをしなくて済むように、不要な橋は維持せず、電力も携帯電波も供給せず、病院もない地域を作って人口減少に備えなければだめでしょう。

 人のいない地域に不合理にお金をかけて、おらが故郷を守れと言われても、その原資は国民の税金であることを忘れてはならないし、これが人口減少時代の「撤退戦」であることは間違いありません。

綺麗事は抜きにして、人が不自由なく住める地域に限定して行政サービスを行えるよう自治体の再々編も必要だろうし、地域金融もテレビ局も電波も再編して、残りは政府直轄地として国立公園にするなり森林環境税とか活用するなりして保全していくほかないんじゃないでしょうかね。

ついに銀行も支店撤退…「人口が減り過ぎて競争が成立しない」地方経済の問題について

●小高は車がわずかしか通らないことで寂れたことがわかる

このことが原発事故の避難区域で起きている。大熊町浪江町南相馬市の小高区そして飯館村である。
若い世代が帰還しない、残されたのは老人なのである。小高区は三割くらいが戻ったからいい方である。高校も再開している。でもその高校生にしても他から通う人たちである。
街の中には確かに人は戻り住んでいる人たちが増えた、でもそこで気づくことは車が通るのが少ない、車が何台か通るにしても少ない、だから静かだなとなり不思議な感覚になる

車がこれだけ少ないことは現代では人が歩く時代ではないから寂れた街になる。というのは車が少ないとしてもその代わりに街の中を歩く人が増えれば寂れた街にはならない、もともと街の通りを歩く人は少なかったからである。通りを歩く人たまにいるが老人であり子供などはまた夫婦とか子でも連れで歩く人は見かけない、それで小高区の人たちは原町に移住している人たちが多いのである。どうしても原町は5万くらいの都市だから便利であり住みやすいからである。
鹿島区では私の家の脇の道路は車がめったに通っていなかった

今ひっきりなしに通る、それは小学校へ通じる道にもなって移住してきた人たちが子供を乗せて通わせていることもある。また他にもこの道を利用する人が増えたのである。
車の行き来が増えることでその場所の経済が活発かどうか判定できるのが現代だからである。
私もどうしても原町には買い物でも鹿島区には足りないものがあるから定期的に行くことになる、最近は一軒の自転車屋も主人が死んでなくなったのも困った。他に弁当屋もないとかないものがあり不便なのである。相馬市までは自転車では15キロあるから遠いので簡単に行けないのである。
ただこんなふうになったのは原発事故とか津波に被害のためでもある。でもこの状況は日本全国になる未来の年表でも話題になっている。

●中核都市の原町に移住する人が多い―他でもそうなる

おらが故郷を維持したいのはわかる。長年住み慣れた町や村を捨てることは簡単にできない、維持されるべきだと思う、そこにも歴史があり歴史が絶たれることは大問題だからである
この辺では原発事故とか津波の被害で小規模の町や村が回復せず強いられて人口が原町から鹿島でも相馬市でも移動したのである
だから人口はそこでは減っていないのである。原町は一番人が原発雛区域から移動している。鹿島区でも新しい住宅地が三つくらいできた感覚になる、でもその人たちがどこで働いているのかわからない、やはり車で働く場所に移動している。それはもともと広域的に仕事する時代だから特別なことではないからである
ここでは原発事故とか津波の被害で人口が原町とか鹿島でも集中したとなる。だから未だに不動産やとかハウス会社が住宅地を造成している。やはり移動して住む人を見込んでいるからだとなる

経済的に成り立つであろう地域人口を確保できる中核都市を作り、人が住まないところには行政・民間いずれもサービスをしなくて済むように、不要な橋は維持せず、電力も携帯電波も供給せず、病院もない地域を作って人口減少に備えなければだめでしょう

ここでは中核都市として原町に人が集中している。そこでは現代の便利な生活が可能だからである。でも南相馬市の小高区とか維持するとなると容易ではない。負担ばかりが市の財政でもかかる。南相馬市では未だに二割の予算が復興のために入ってくる
でもそれもいずれはなくなる。

●飯館村は国立公園にして癒しの場として管理する

飯館村ではもう残ったのは老人であり立派な学校の校舎を作っても地元から通わず村外からか通っている。それも10人も満たないとかなる
つまり将来的に村を維持することが不可能に思えるのである

人が不自由なく住める地域に限定して行政サービスを行えるよう自治体の再々編も必要だろうし、地域金融もテレビ局も電波も再編して、残りは政府直轄地として国立公園にするなり森林環境税とか活用するなりして保全していくほかないんじゃないでしょうかね。


これに一番合っているのが飯館村である。もともと森林面積が70パーセントとか森に囲まれていたかである。それで癒しの村にもなっていた。それがもう維持するのがむずかしくなった
実際飯館村は外部から移住してきた人たちが一割から二割いて公共てきなもの維持している

郵便でも配達しているのは外部から入って来た人たちであり
キコリの宿泊所でもフロントの女性は外部から来た人であった
それも年配の人が多いからいづれ福祉の世話になるとしたらその負担で苦しむ、だから南相馬市と合併するようになるかもしれない、とても維持できなくなる。今住んでいる人たちは老人が多く
それも補償金を多くもらったのでそれで生活が成り立っている

それが切れた時生活自体が成り立たなくなる。農業でも再開しても一部であり収入がなくなるからである。
いくらまでいな村としてあっても成立していたが今後は無理に思える
三陸の津波でもジジババだけが住んでいる場所に税金をつぎ込んでも無駄だと官僚が本音を言った、つまり復興ができないからあきらめろともなる。ただ昔のような自給自足の電気もないガスもない水道もない車もない・・・そういう生活するなら別である
できないとすれば」いくら税金をつぎ込んでも無駄だとなる

だから森林公園として政府直轄地域として管理する、国で管理すれば金は国で出すから維持できる。そして森が維持できればそこは癒しの場として都市せ活でも疲れた人が生気を回復する場として最適だとなる
私はその森をテーマにして詩を作って来たからわかる。飯館村と丸森は本当に森が深いのである。
もともと日本は森の国であった。未だに国土の70パーセントが森なのである。外国になると山でも木がないところが多い、シナイ山とか草木も生えていない荒涼とした場であった

●日本は森の国に戻る

木のある森で覆われた山は世界で少ないのである。でも日本では木に森に覆われている、そこが日本の特徴なのである。
少子化とか人口が減るとか経済が縮小するとか騒ぐけれどももう東京のような一千万都市は人間の住むところではない、すでにそこでは人間の精神を正常に保つことは不可能である
そこから異常なカルト宗教団体が産まれてくる。それは文明的病理現象なのである。

人口が縮小することはその分森が増える自然が復興することにもなる、人が住まないと田んぼでも森になる、森が復活するのである。
もう現代は世界的にも経済成長の時代は限界であり人口縮小になる。そのいい点としては森ととか自然が再生されることである。
これも問題があるにしろ無限の経済成長は無理でありかえって縮小することに備えなければならない。拡大拡散成長の時代は終ったのである。地球にしてももう人口でも収容するのは限界になったからである。だから資本主義も終わりになるのである。






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2023年06月20日

真野川に残された一羽の白鳥 (毎日餌をやる老人)

真野川に残された一羽の白鳥

(毎日餌をやる老人)

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首輪をしている


真野川の下流に一羽の白鳥が残された。その白鳥に毎日パンクズなどの餌をやっている老人がいる。に1日三回来て餌をやっているという。その人は車で来てその車に犬が何匹かいる
実際は全部で十匹飼っていると言う。その餌やりだけで手間である 十匹となれば餌代もかかる。デモそれが仕事になっているのだろう。他に苔のようなもの食べている

基本的には水草や草の実などの植物を食しているが、時に昆虫・貝類・甲殻類も食し、穀類も食す。
餌付けする場合はパンの耳や穀類を与える場合が多い。
本来の食性ではないパンの耳や穀類を与える行為は、ハクチョウにとってあまり良い行為ではないので、一般人は自粛するべきである
ハクチョウは田んぼなどで落穂や草の根などを掘り返して食べており、積雪の少ない栃木県内の平野部では自力で餌を探すことが可能です。

当会では、餌付けやそれに伴う渡来の集中化によって、高病原性鳥インフルエンザの感染拡大、残った餌や大量のフンによる水質汚染、渡来地周辺での農作物への食害発生などが懸念されることから、カモやハクチョウへの餌付けは好ましくないと考えています。

私が餌をやろうとしても近づいても来なかった
餌をやるのも問題になる。餌になるものがやはり人間が与えなくてもある探すことができる
昆虫とか貝類を食べている、真野川ではシジミを取る人が増えたから食べているのかなにかしら餌はある
餌をやっている老人には相当に慣れている なぜなら触ることもできるし首輪をかけていたが確かに首輪がかかっているのである
これほど慣れているというのもどういうことなのかそんなに白鳥とは人になれるものなのか分からない

私も一匹の猫に餌をやっているがこの猫は絶対に慣れない何か人間にひどくいじめられたためかなれない空白前の猫は慣れていたが尻尾を焼かれただから猫でも人間を恐れるようにもなるしかし白鳥は大事にされるからそうして人間にいじめられるということはないのかもしれない

それにしても冬まで仲間を待っているのは長いと思ったでも餌をやる人がいるのだからここで生きていける仲間が来るまで待つほかはない。他ほかでもやはりシベリアに帰れない白鳥が必ずいるここの白鳥は羽も直って飛べるようになっている
だから冬まで仲間を待っていればシベリアに帰れるとなるただ一羽では帰れないのだろう
posted by 天華 at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

近くの井戸の水をもらい飲むことにした (接続可能な生活にもどる自給生活を見直す時代)


近くの井戸の水をもらい飲むことにした

(接続可能な生活にもどる自給生活を見直す時代)

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あしび(馬酔木)なす 栄えし君が 掘りし井の 石井の水は 飲めど飽かねかも
                      
咲き誇る馬酔木の花のように栄えたあのお方が掘られた井戸、その石で
組み上げた井戸の水は、いくら飲んでも飽きないことだ.

ある高貴な人にゆかりの井戸を誉め称えた歌.石を積んで頑丈に囲んだ
井戸は、その所有者の富裕と威勢を示したことでしょう

井戸の使い方とは?井戸はどのように生活を支えていたのか

 軍勢は井のあるところに集まる。ふだんより重い衣(甲冑)を着ているので喉が渇く。喉が渇いたら人は井のあるところへ行く。一度戦って敗走した兵を再編成するには、将軍は井のところで待って居ればいい。つまり、戦において、井は、軍を「いはむ(屯・聚・満)」むための根拠なのである。そんな意味の井でお偉い天皇軍がイハムむのだったら、呼び名として、イハミヰ(屯井、ミは甲類)でなければならないと想定される。それなら、イハ(磐)+ミヰ(御井、ミは甲類)と聞こえて納得できる地名である。


水は生活の基本である.それで水争いがありそれが戦争の原因にもなった。特に砂漠地帯では水の一滴が血の一滴というように貴重だったまるだからこそ水を得るために命をかけて戦ったのである。それは日本でも水を争う戦いがあった。
水にめぐまれた日本でもやはり水をめぐって戦争にもなっていたのである。

今子供の時をふりかえると水道がない時代があった
それで近くの井戸があり家から水をもらっていたのである。
風呂で使う水はバケツで運んでいた。量が多いから何回も運んでいたから苦労だった。風呂にしても父親の手つくりの風呂だったのである。
洗濯ものは裏の堀でしていたのである。洗濯も洗濯機がないから苦労だった。ゴシゴシと手で洗い石鹸で盥でしていた
それでパリのセーヌ河で大勢の女性が洗濯している絵があったからそれはどこの国でも小川とか川を利用して洗濯していたのである。世界中同じ光景が見られたのである。
洗濯でもそもそも水がないとできないものだった。だから井戸であれ川であれ利用していたのである。

子供の時こうしてもらっていた井戸はまだ残っていた
それはポンプでくみ上げるものではない、でもポンプでくみ上げる井戸が隣にあったことは不思議である。街の中にも結構井戸はあったのである。
そしてその井戸を使ってもいいと持ち主に言われたので器に入れて飲んだ。この辺では放射背物質に汚染されたということがあり水道水でも未だに飲まない人もいる。でも井戸の水は計ってもらったから安全だという、川の汚染の問題は泥に放射性物質が付着して減らないからである。地下水の井戸水は安全だとなる。

とにかくペットボトルの水を買って飲めば金がかかる。水道でも金がかかる。この井戸水を使いば節約できると思った
それからこの井戸水はなかなか枯れない、だからいくら汲んでも
尽きないともなる。無料で使いるとなると貴重である。
水道代もあがるとかなり金をここで少しでも節約できれば助かるとなる、こうした資源は持続する、森林でも成長するに時間がかかってもやはり持続可能なものとして利用できる
そこに安心がある。他のものは外国から入ってくるから昨今の急激な円高とかで日本では苦しくなる。だから自給できるものがあれば安心なのである。

いずれにしろ生活を見直すことが迫られている。電気でも高くなり節約が迫られる。原発を再開しろとか言うがもし福島のようになったら取り返しがつかなくなる。電気でも今までのように使えない時代になる。そしたらどうしても過去の生活に戻れなくても
自給できる生活を取り戻すことも必要になるのである。
飯館村では井戸でも清水でも天然の水をまだ利用している家が結構あった。山があり清水を利用していた
また作見の井戸がありそれを見て豊作を占ったというときも井戸はそれだけ貴重であり生活に欠かせないものだからそうなったのである。

posted by 天華 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2023年06月18日

夏の俳句十句ー(牡丹 桑の実、馬肥し、夏燕、ヨシキリ。夏アザミ。夏雲雀、涼しさ)


夏の俳句十句ー(牡丹 桑の実、馬肥し、夏燕、ヨシキリ。夏アザミ。夏雲雀、涼しさ)

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明るしや光眩しく立葵
幸せや桑の実を食う行きずりに
我が庭の日陰に石や黒揚羽
何使う空地広しも馬肥し
高所にそ大工仕事や夏燕
ヨシキリや仕事忙し朝の道
原町や夏菊一面街中に
真日さして十本ほどの夏アザミ

陽の昇り海面光り夏雲雀
涼しさや釣人にかかる波しぶき
涼しさや鴎飛び去り空と海

誇らかに牡丹咲き継ぐ我が家の栄や齢ここに重ねぬ

昨日も暑かったら今日も朝から暑い。これまで作っていた俳句をまとめた。
桑の実は結構なっているのを見つける、それを食べるとき最高に甘美である。なぜならその実は神からこれな直接与えられたものだからである。人から与えられればそこには人の手が加えられ必ず無償で与えられるわけではない。
この世で無償で与えられるものは食べ物などでもほとんどない。
第一水であっても今や金を出しているほかはない。
だからこうしてこの世で無料で無償で与えられるものは最高の価値がある。それは砂漠で得たマナと同じである

不思議なのはこの世に生きる動物は特に鳥はこうして好みを食べて生きているそれは神から直接与えられたものでありいちいち気がねして食べてはいない、当然のものとして与えられ食べている。だから楽園に住んでいる。人間の場合何でも無償で与えられるものがない衣食住全部である。日々労苦して得なければならないし何か与えられるにしても無償なものはない金を払い礼を言い
与えられる。いくら金を払ってもそれだけではすまない、何かを与えられることはそれだけ気を遣うのである。

医者にかかるにしても家でも直してもらうにしてもいろいろ気を使い精神的に疲れる。それは人間のしてくれることが無償ではないからである。
俺はお前にどれだけ苦労して尽くしているかと恩をきせたりする
金だけではかたずかない、それは親でもそうである。子供に対して子育てしても無償ではない、いろいろと子供にも要求する
要するにこの世が生きずらいのはこうして何か人間から与えれるものが無償なものがないからである。それでこの人間社会に生きること自体苦しいものとなる。本当に水飲むことさい無償ではな、下手すると空気を吸うことでも金を払うとかなりかねない、そういう重圧を感じるから生きくるしくなる。
神の国ではすべてのものは神から直接与えられ無償だから天国になる。それがないからこの世は永遠に地獄にもなる。
この世でただより高いものはないというときまさに無償で与えられるものがこの世にはないということなのである。無料となるものが実際は一番高くなることがそれを証明している。

原町は夏菊があっていた。大原で新田川ゆっさの大原の道に夏アザミが咲いていた。その場にふさわし花がある、今は梅雨の時期でありアジサイでありこのころ草深く蛍袋がさく、季節の変化で花も変わる。ただ立葵は梅雨の時期にあわない、明るい陽射しをうけて咲くのがあっている。
意外だったのクローバーは夜ヨーロッパからもたらされたものだった。オランダかららしい。これは牧場に似合うからである。
日本だと馬肥し(うまごやし)となったのは馬を放牧して餌になったからだとなる。確かに広い牧場に向いている。
この辺では津波とか原発事故で空地が増えた。耕作放棄地が増えた。特に避難区域になった所では田んぼだところが空地化してそうなった。
だから何も利用されないからもったないともみる。この辺では野馬追があるから馬飼っているから牧場にすればいいともみる。
とにかく空家とか耕作放棄地は増えてくる。

海の方は海風が涼しい、釣りする人がいて夕暮れに鴎が一羽海のかなたに飛び去った。それを見て気持ちいい、そこで鴎のようになりたいとなる

牡丹は今年も二輪咲いた。それも20年なのか30年なのか庭に咲き続いているのも不思議である。場所がよかったらしい。風通しとかよかったからなのか謎である。



2023年06月17日

銀行は株のことなど全く素人である (手数料を取ることしか考えていない―銀行の役割の喪失)


銀行は株のことなど全く素人である

(手数料を取ることしか考えていない―銀行の役割の喪失)

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まず銀行とか特に地銀などは株でも投資信託でも素人よりわからない。素人でも投資の経験を積んだ人が返って知っている。
ここのyoutubeの説明がシンプルでわかりやすかった
難しく考えると切りなくなるからである。

長い目で十年二十年単位で株を見ろ
index投資は下がったら買い上がったら売る
でも長期的に見て売り買いする
銀行とか証券会社に頼むのは危険
なぜなら手数料を取ることしか考えていない
株というのは素人には予測できないものと知れ
銀行でもプロでも予測できない

ここのyoutubeは素人でもわかる、小学生でもわかる感じである
むずかしいことを知る必要もないからである。
このことで一番理解したことがリーマンショックの時に半分に下がったindexを元に戻ったと地銀の人が売ったことである

ここのyoutubeでは金が必要でないかぎり株は売るな、今これだけ株が上がっても売るなと言っているのは意外である。
ただそれが株に対する正しい見方なのである。なぜなら株は予測できないから株は持ち続けることが大事だとしているからである

ともかく銀行とか証券会社でも奨めるのはまず手数料をとることが優先されるから問題なのである。自力で投資するなら別にこの人のようにやればいいとなる。ただそれをできないなら銀行とか証券会社に頼むともうけることはできなくなる
人間社会は何でも仲介者がかかわるとそこでだまされる。メデアとは仲介する意味でありマスコミでも情報を直接得ることをできあないからメデアを通して得るからそれで騙される、現代社会は広域化グローバル化したとき余計に真実がわからなくなったのである。だから誰も景気良くなるとか悪くなるとかいろいろな人が言ってもわからないのである。

ただ銀行とかは固いものとして固定化して見ていた。信用できるものとして見ていた。それも変わってしまったのである。
銀行そのものの必要がなくなってきたのである。まず利子がつかないから一体何のために金を預けているのかももわからない、金を預けても金をとられるとなったら一体銀行は何であるのかとなる。むしろ害になるものとしてあるとなったらないほうがいいともなる。銀行でも預金した金を何に使い何か地域に貢献しているのかそのことを示す必要がある。
銀行が必要なくなることは資本主義社会の終わりだともなる。
銀行の役割とは金を集めて会社に金を貸して利子をとり預金者に利子を与えることだからである。利子がつけられないことはもう銀行の役割が終わったということである。
株は会社への直接投資であり銀行は仲介者としてメデアとしてある。だから会社の株を買いその配当金をもらうことが資本主義なのである。銀行は仲介者メデアでありもし個々人が直接株を買い投資すればいらないものだったのである。

そもそも金融は分かりにくいのであるくてその仕組みにしても複雑でありわかりにくい説明されてもわからないのである
投資信託でもその仕組みがあまりにも複雑で理解できないくてそれを作ったハーバード大学の出た人がこれは詐欺だとして良心の呵責に耐えられずやめてしまったということもある。
この株とか投資信託とかこれは銀行だけではない何か巨大なギャンブル場でありそこでファンドとか銀行であれ金が騙し取られていう感じになる、だからこそもはやグローバル経済はモラルなき道徳なき経済でありそれは世界的な巨大な詐欺が合法的にも行われていてそれを正す人はいないのである
それで資本主義自体が自壊しつつある。その一つとして大きな役割を担っていた銀行も必要なくなりつつある

地域的に見れば大工さんであれ自転車屋であれ農家であれその人たちは地域で欠かせないものであり死んでも地域に生き続ける
御先祖様ともなるが金融関係は何か詐欺的なものとなり必要なくなったのである。
posted by 天華 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2023年06月15日

森の中に隠された花ーAIの画像 flowers in the forest by AI Flowers in a forest swamp


森の中に隠された花ーAIの画像

flowers in the forest by AI

Flowers in a forest swamp


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Unexplored land and  scenery

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Anemone flaccida

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丸森の川の奥に咲いていた二輪草の群生

real  flower  in  marumori town




森の沼に写る花

深々とした森の中
隠されて沼がある
一つの沼に花を写し
また別の沼に異なる花を写し
森の中に点々と隠されて沼がある
それぞれに映る色も違う異なる花
うっとりと己が姿を写しそこに満ち足りぬ
森は深く厳かに木々は神殿の柱
森は深々として静まる
森に包まれて花はそれぞれの形と色に沼に写す
その森の乱れずに人は黙すべしかな

Flowers in a forest swamp

In the deep forest
There is a swamp hidden
One swamp holds a flower
And another swamp with different flowers
Dotted in the forest, hidden in the swamp
Each reflecting a different color and a different flower
I'm entranced by the images, and I'm not satisfied there.
The forest is deep and solemn, the trees are the pillars of a temple
The forest is deep and still
Surrounded by the forest, the flowers are reflected 
in secret  in the swamp in their own shapes and colors
The forest is undisturbed and people should be silent


2022年に漁業法が改正されていたー原発事故で問題になった漁業権 (漁業権は喪失して外部の参入が許可される)


2022年に漁業法が改正されていたー原発事故で問題になった漁業権

(漁業権は喪失して外部の参入が許可される)

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日本から魚がなくなる?『漁業権喪失』の危険な法改正


漁業権は、定置漁業や養殖業などの漁業を行なう主体が一定の海面を独占的に利用することを許可する免許です。漁業権の免許は、紛争なく、安心して沿岸漁場を利用するために必要なものです。
これまでは、この免許の交付にあたっては、地域社会などに配慮した優先順位が設定されていました。しかし、今回の改正でその優先順位は廃止されることになります。

代わりに、これまで免許されていた経営体が「適切かつ有効」に漁場を利用している場合に継続的に漁業権を免許するか、または「免許の内容たる漁業による漁業生産の増大並びにこれを通じた漁業所得の向上及び就業機会の確保その他の地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」に免許がされると記されています。
ですが、この2つの基準はいずれも客観的基準にならず、判断材料として不明瞭です

2022年にすでに漁業権の法律が変わり施行されていた
この辺で原発事故があり漁業権の問題を私はプログで追求してきた。なぜそもそも漁業権が与えられたの慣習があり継続されたためでありそれなりの理由があった。
資源の保護とか海を汚染されることを防ぐとかの理由があった。
でも原発事故でその漁業権が問題になったのは矛盾したのは海を汚染から守るということが漁業権があってできたことでもある。東電ではそのために漁業組合に事故前も充分な補償をしてきたのである。それで漁業者は別に魚を取らなくても生活できていたのである。事故前も原発御殿が建っていたとか周りから羨ましがられていたのである。

ところが原発事故により海は放射性物質に汚染され魚もとることができなくなった。海だけではないこの辺の土地全体が放射性物質で汚染されて住めなくなったのである。そのことで事故前はそんなこと知らなかったのである。漁業者は生活に困っているとかネットで報告している人がいたからである。それを見ていて漁業者は苦しいなと同情していたのである。でも現実は補償金をもらっていたから苦しいということはなかったのである。

そもそも漁業権とは何なのかそれはその地域の海の汚染されるとか魚の資源を守ることがためであった。だからこそ原発ができる時まずこの漁業権を持っている漁業組合とか船主などの許可を得なければ作れなかったのである。
不思議なのは別にその土地の市町村の許可が必要であったというものでもなかったらしい。原発が建つということで何か議会で議論したことがあったのかそれも定かではない。ただ確かなことはその原発を建てるために障害となったのは漁業権を持っている漁業組合とか船主だったのである。だからこそ事故前でも手厚い補償をしていたのである。その時別に原発の周りの住民などには何の補償もなかったのである。つまり交渉相手でもなかったのである。
でも結果的にはその被害は広くおよびその責任を問われた。そもそもなぜ漁業権だけがこれだけ強い権利となっていたのかそれが問題になったのである
その強い権利のために原発事故になったとき漁業者の責任を重かったことになる。なぜなら東電が原発を建てるとき最初の交渉相手は自治体ではなく漁業組合や船主だったからである。
ただだからこそ自治体でも議会でも原発を建てるにあたって何か議論でもしたのかとなる。記録されているのかともなる。
でも原発事故前は個々人で補償金等もらった人はいないのである。ただ公共のものに予算として国から与えられたことはあった。でも個々人にはなかった。漁業社のみに補償金は与えられていたのである。
だからこそ事故になったとき漁業者に対して責任が問われたのである。

権利を与えられたものは権力を与えられたものは責任も課されていた

金を与えられたものには責任が課せられていたのである

つまり現代社会の責任とは金のことなのである。みんな金をもらえばそれでいいと思っているが実は金には責任が付きまとっていたのである。もし漁業者が事故前にでも金を補償金をもらっていなかったら責任も問われなかったからである。
原発事故になってその責任が重く問われたのである。ここに金の怖さがあった。金はもらえばいいとはならなかったのである。
今問題になっているトリチウムを海に流すということでも漁業組合と交渉するがそれを地元の人が見ているとまた漁業者は東電と交渉して補償金を積み増すためにそうしているのかともみられる。別にトリチウム海に流すからと周りの自治体には補償はされない。しかしトリチウムの問題は日本だけではない海を汚染するのだから日本は海を汚すのかと世界から批判されている。

特に韓国から批判されて他でも日本の魚は輸入できないとかなっているのであるつまり環境汚染とは一地域の問題だけではなく世界の地球の問題にもなっているからそうなったのである。だから原発は一国の問題ではない。世界に波及する問題だったのである。原発事故になればチェルノブイリのようにヨーロッパ全体が汚染されるということがあったからである。トリチウム問題も海全体を汚染するから問題になる。

ではなぜ外部の企業どうか外国資本までも地域の漁業権を廃止して参入できるようにしたのかそれはかなり大きいを改革である。も地域の漁業権が喪失したということは例えば原発を建てるとき漁業権を持っているのは地域の漁業組合とかではなくなる。では一体今度は誰が交渉相手となるのだろうかとなる
それも明確ではなくそもそもそんなに外部からの参入を許したらどうなるかというのは必ずしも検討されていない。

それは農業でも外部から企業が入ってきて農業をするときも問題が生じると指摘している。それは漁業でも起きてくる。養殖業とが大規模にされれば海が汚染されたり問題が起きてくるとしている。でも現実は漁業は零細であり農業と同じく跡継ぎがいないとかいうことで困っていた。特に福島県の浜通りの漁業は宮城県から比べれば1/10の規模に過ぎなかったのである。だからこそ原発でも補償金をもらえるから歓迎されたとなる。

とにかくこの零細だということが農業と同じく問題になる。その収入でも少ないしだからこそ跡継ぎもなく辞める人が多かったからである。ただ第一次産業というのは極めてその土地と密着したものであり土着したものだからほかの産業とは違っていたのである。大企業とか外部から参入してくると問題が起きるのは効率的に大量に魚でも収奪するとかそれで海の資源が守れなくなるとか言われる。

それは例えばイオンなどでもそうなのである。外部の大資本が入ってきて地元の商店街は壊滅した。でもそういう大資本はその土地で商売にならないとなれば撤退してしまう。イオンでわ今そういうことが起きている。相馬市のイオンが撤退したということもそうである。でも地元に住んでいる人はそこで商売するなり生活するにわ簡単に移住はできないのである。どうしても土着的となりそこで生きて行くほかないからそうした大資本のようにここはだめだからやめればいいとわなりにくいのである

いずれにしろ海は誰のものか。土地でも森でも山でも山林でも誰のものかとなるとそれは一私人とか一会社とか特定の一団体とかのものとなり得ないものがある。それは共有的なものであり私有には馴染めないものがあるからである
とにかく現代は民主主義社会では権利を何でも主張することになった。でも権利には必ず責任がともなっていたのである。ただ権利を主張して利権を得て得することが民主主義だとなってしまっていた。そこに落とし穴があり問題が露呈して重い責任が問われるようになったのである。

人間は一見権利を主張してとくすればいいと何でも権利だけを主張するようになった。その権利には重い責任が課せられていたのである。漁業権も権利でありその権利があったとしてもそこに重い責任が課せられていたことに無視していたのである。
だから漁業権でもで自治体の権利としてあれば別に漁業者だけがその責任を問はれることはなかったのである。でもそうなれば補償金を独り占めするというはけにはいかなかったのである。でもお金は責任であり金の怖さを知ったと思う
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2023年06月14日

水道がない時代の井戸の話


水道がない時代の井戸の話

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この回りは空家と空地になった


隣に井戸がある。その水は出が悪くなったがまだ水は出ている。
その井戸の持ち主と話をした。放射性物質に汚染されていないという実際に検査してもらったからだという。地下水は汚染されていないみたいだ。川の場合は泥に付着して放射性物質が減らないのである。
この江戸については子供の頃私の家には井戸がなくこの井戸の水をもらって生活していたのである。その時水道がなく井戸の水で生活していたのである。何かその子供の時まるで江戸時代であり原始的生活にもなっていた。

それでその水を風呂の水として運んだことを覚えている。
バケツで運んだのである。風呂だとなればそれなりの水が必要だから何回も運ぶことになり苦労だった。その風呂にしても父親は手作りした小屋の中にあった。
水がないということは相当に不便だった。それで井戸のない家は苦しんでいたのである。街中でも結構井戸があったのである。だから常に井戸を目にしていたのである。夏になると井戸から冷たい水が流れていて涼しさを感じていた。
そこでスイカなどを冷やしていたのである。まず人間の生活は水なくしてはありえない。その水が家にないということは相当に不便だったのである。そして水をもらうにしても気を使うから井戸がない家は苦労した。そこでもらい水と言う俳句が生まれたりした。

また水道もない江戸時代においては、井戸から水を汲むことから一日が始まります。水汲みは重労働のようにも思えますが、古来より女性の大切な仕事でした。

俳句の教科書

長屋が井戸中心にしてあった。なぜならそこで水を汲む洗濯もしていた。日常の生活で井戸なしではあり得なかったからである。
ただ洗濯はすぐ近くに堀があれ水が流れていてその水は田んぼに流れていた。だからその堀は定期的に農家の人が掃除していた。
つまりその時代は家事に相当なエネルギーを費やしていたのである。だから主婦は外で働くことなく家事に専念していたのである。第一家事がとても女性一人でこなせないからこそ必ず中産階級でも女中お雇っていたのである。女性の仕事として女中があった。私の母親は紡績工場で働きあとは東京で女中をしていたのである。大正生まれだったからその頃の仕事はそういうものだったからである。
とにかく井戸にまつわる話が残されているのはやはり水が大事であり水なくして人間の生活もないからそうなったのである。例えば白にしても城の中でも井戸が数多くあった。
それは籠城するときなど井戸がないとできないからである。

城の内井戸の深きや落椿

ともかくその井戸の水をもらっていた井戸は残っていても何か死んでいるような感覚になる。その周りは空き地化して空き家にもなったからである。広い土地も農家だったが空き地になった。
建具屋だった家も空き地になった。そこを見るとかなり狭い、庭も無い家だった。そこは土地を借りていた。ということはそれだけのお金がなかったとなる。
私の家は土地は所有していた。ということはそれだけ酒屋をやって金が入っていたのかとなる。

とにかく周りを見ても変化が激しい。昔を思い出すものは消失している。ただそこに井戸は残っていてまだ水は多少出ているのである。その家の所有者は農業をしている。だから不思議なのはその人は常に家にいて私は買い物などでその家の前を通る。するとその人が必ずいて出会うのである。
現在は田舎でも農業している人は少ない。だから昼間になるとぶらぶらしていると何か怪しいとまでなり警察に目をつけられることもある。そこで会うのはニートとかことおじの無職の人間なのである。

でも不思議なのは農村社会だったら家のある場が仕事場であり会社勤めでないから常に人と人は毎日身近にあって仕事していた。だから何をしているか分からない人などいなかったと思う
今は何をしているのか分からない人が多いのである。田舎ですらそうなっているのである。特にこの辺では原発事故で避難してきた人が新しい家を建て新住宅街が三つくらいできている。でもその人たちがこの土地で働いているとは見えない。車で通って前に住んでいたところとかで働いているのかもしれない。

また仕事でも広域化しているから郡山の方に工事現場に働きに行くから朝5時とかに出てゆくのである。働く場所が広くなりそういうこともまた多い。だからその土地でいつも人が一緒に農村のように働いているとはならないのである。
だから近くでも疎遠になるということがある。要するに田舎でも田畑があっても農村社会ではない。その井戸を所有している人とは常に会うのは奇妙だけどもその人が農業しているからだとなる。

でもそういう人は田舎でも少数派であり珍しいとなったのである。でも村というのは本当に生産するにしても共同の場であり今とは違ったものだったのである。一つの家族のようにもなっていた。それは日頃から共同して働いていたからそうなっていたのである。現代では仕事でも無数に分化してさらに広域化してグローバル化しているから返って人とのつながりが失われたのである。
それでその人と昼間でも会うというのは農業近くの土地を利用して農業していたからなのである。他の人たちはどこか知らないけど勤めに出ているから何をしているかもわからないのである。だから田舎というのは昔の村の田舎は無くなっているのである。そこを都会の人は誤解しやすいということはある。





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2023年06月12日

街に記憶された一軒の自転車屋 (場とともに記憶がある―失われる記憶の場)


街に記憶された一軒の自転車屋

(場とともに記憶がある―失われる記憶の場)

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駅降りて自転車屋ありその人の亡きしも思ふ在りし日のごと

人間の謎は老人になると記憶に生きるようになる。記憶されたものが人生にもなる。でもその記憶が消えやすいのである。会場
だからどうして人間は記憶されるのかそれが問題になる。
記憶されるということはそのメカニズムは場所と関係している。
例えば家一軒があるとしてもそれが街の中にあっても記憶されない。でも街全体がありその中に家があり全体は記憶される。ここの家は記憶されなくても街全体を記憶するということがある。

だから自転車屋の場合駅前にあり駅と密接に結びついていたのである。もともとなぜ自転車屋が駅前にあったかというと自転車でも鉄道で運ばれた時代があった。その頃まだ車による運送は盛んではなく遠距離になると鉄道に頼っていたのである。
それで駅は引き込み線があり近くに縄屋とかあった。それは荷物を梱包して使うためであるあった。自転車でも駅前にあれば運ぶことも簡単だから便利なので駅前に自転車屋を開くのはそのためだったともなる。

とにかく人間は記憶するというとき場の働きが大きい。それで自転車屋の場合は駅と一体化して街とも一体化していたのである。ところが現代では商店街とかはシャッター通りとなり小売店は消失した。
でも街に商店街がなくなると街自体がシャッター通りとなり廃墟のようになってしまった。でもスーパーだと何か土着的ではない巨大資本が一時的に巨大なスーパーを作る
でもしかし巨大資本の問題は土着的ではない。そこで土着的に生活するのではなく東京とかでとかに本社がありその本社によってその経営も左右される。
それで相馬市ではイオンが閉鎖された。その影響は大きいものだった。街の一部が廃墟のようになったからである。このように大資本のスーパーなどはイオンなどは閉鎖することがある。それは本来その経営する人がその土地に土着して住んでいないからである。ここに大きな問題があった。

あれだけ大きいスーパーが一挙に消失することは影響がまた大きいのである。イオンは他でも撤退している。それは土着的ではないからそうなったのである。
そのことは原発でもそうだったのである。東京に本社があり東電の幹部はそこで福島の原発に命令する立場にあったのである。
でも事故のとき所長が吉田所長で仕切っていて東電の東京に居る東電の幹部たちとうまく話し合いができず意思疎通ができず混乱したのである。

つまり原発を取り仕切るのは地元にいる者たちではなく東京に居る人達だったからである。そこでうまく意思疎通ができなくなっていたのである。現場に居る人はやはり東京とか離れている人たちとは危機感も違っていたからである。
そして現場に居ない東京の幹部たちともうまく的意思疎通ができなくなっていたのである。ここに科学技術でもやはり場というものは関係していた。その場から切り離されて何でもありえないということである。それはあらゆることにそうなのである。ニュースでも現実の場所がら切り離されてテレビの一場面だけを見るから誤解するのである。

その場のことが実地にその場に立たないと実感できないことがあからである。その点東北電力の女川原発は副社長は5m高くしたことでギリギリで助かったのである。
それは現実にすぐ近くの三陸で明治時代にも1万人くらい死んだ津波があり危機感を地元に住んでいて持っていたからだったのである。だから何事土着的ということは仕事でも必要になってくる。
巨大資本というのは土着的ではないからこの土地で儲けが出なければ他に移るとなる。でも土着的だと自分たち自分そこを経営している人たちも住んでいるのだから簡単に撤退はできないとなる。ただ現代の仕事は広域化してグローバル化しているからなかなか土着的とはならなくなったのである。

土着的とはまた継続するということである。江戸時代なら農村山村漁村でも自然に準じてて生活していたからすでにそのこと自体土着的でありその生活も継続されていたのである
そういう社会では家の跡を継ぐ長男が大事にされたことも分かる。それもそういう社会では何代も家は仕事とともに継続されていたのである。だから農村社会では村では人が死ねば山に葬られ田植えの時期などに山からご先祖様は降りてきて一緒に仕事するということにもなった。
そして盆踊りとは死者とともに踊る祭りでありそれは村という共同体があって成立していた祭りなのである。ご先祖様は死んでも村の中に生き続けていた。それは農業社会であった時そうなったのである。村は一つの空間軸でも場として共有するものはありまた時間軸でも継続するものはあって成り立っていたのである。

でも現在はそうよう共同体が喪失して会社人間になった時会社というのはその土地と必ずしも結ばれていない。会社はいつまでも存続するということはなかなかない。会社がその土地と強固に結びつくことはない。
原町のゴルフ会社があってもそれはその土地と結びつく訳でもない。その製品は外国まで売っているからである。では地元の人でゴルフをするためにその製品を買うかというとそういう人はわずかだろう。だから会社というのはその土地に結びつくということが必ずしも無い時代なのである。
だから浪江の人が二本松に会社が移ったときその人は一時は通っていたが会社のある二本松に移住するようになった。
何かよくわからないがここで子供の時遊んだ人が東京の方に働いていたが会社は岩沼に移り今はそこに住んでいるという。つまり会社が生活の場なのだから会社が移ればその会社と共に人も移住してゆく農村社会のようにその土地に代々定住するということは今は少ないのである。

ただ人が記憶するというときやはり一つの場があって記憶されるということになる。現在はその場が喪失しているのである。
特にこの辺では原発事故がで町や村が消滅の危機に陥った。すると記憶される全体の場が喪失するともなる。継続される生が継続されない。その場を失ったとき人間の記憶される場も失ったとなる。だから離散した人々はその街であれ村であれ住んでいてもその人の記憶は消えてしまうのである
いずれにしろまた電動自転車が故障した。でも見てくれる自転車屋もここには一軒もなくなったのである。自転車の場合特に電動自転車は交渉すると故障すると直接生産しているメーカーに送り修理してもらうのである。だから電動自転車は通信販売でいろいろあっても買いにくいのである。

普通の自転車なら修理はどこでもできる。ところが田舎ではその店で買ったものしか修理でも受け付けないのである。
他でも医者とかでもいつもかかっていないと受け付けないことがある。それで原町の自転車屋ではパンク修理とかでも断られたのである。他の人も断られたと聞いた。イオンでは修理は受け付けている。でも電動自転車の電気系統は修理できないのである。
このように田舎の商売はまた閉鎖的である。でもイオンだと受け付けるのである。それは一回限りでも修理が頼めるのである。
だからイオンを批判したが田舎の店だってまた批判されるべきものがあただイオンが土着的ではないということは言えるのである
ただ自転車屋といっても今は車社会だから自転車に乗らない人は関心をもたないのである。私の場合は駅とかの関係で自転車屋のことが死んでも何か記憶されるものとなったのである。


posted by 天華 at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2023年06月10日

コロナウイルスのマスクファシズムともなっていた (大衆民主主義はファシズムになりやすい)


コロナウイルスのマスクファシズムともなっていた

(大衆民主主義はファシズムになりやすい)

●未だにマスクしている人が圧倒的でありマスクをはずせない

いまだにスーパーとかに行くと100%みんなマスクをしていた。そうなると一人だけマスクをしないということはほとんど不可能になる。それでマスクファシズムということにもなった。
実際にマスクをしないとひどく責められたことも私にあった。
それはすでに強制的なものでありそれに逆らうことはもはや不可能だった。でもひどく責められたのはで海で釣りしていた人だったのである。スーパーのような人ごみの中ではなかった。
そんなところでもみんなマスクをしていたのである。日本人は同調圧力が強い。だから政府でマスクをしろという時一人ももれなくマスクをしていたのである。

でも外国だとマスクをしないという人が結構いたみたいである。
そしてマスクが自主的に判断してしてもしなくても良いといっても依然としてマスクをしている。
するとどうしてもマスクをしないと暗黙のうちに責められている感覚になりマスクをせざるを得なくなる。
でも道の駅の食堂ではマスクをしてない人が結構いた。そうなるとマスクをしなくても責められる感覚が相当に薄れる。

そこは外部から来た人が多くそのためにマスクをしてない人も多かったのかもしれない。人間の心理として100%の人がマスクをしていれば何であれしないということは相当な勇気も必要になる。でも人間の心理として1割がくらいがマスクをしていないとするとそれで相当に圧迫感がなくなる。それで自分でもマスクをしなくてもいいと言う感覚になるのも不思議である。

●マスクファシズムにもなっていた

そこで考えたのはこのマスクをするということは一種のファシズムとも似ていた。コロナウイルスはまさに感染するからである。
ファシズムもナチスのように国民全員に感染してそれを逆らうことができなくなった。逆らう人は国外に脱出したのである。
何か現代ではいくら民主主義だといってもそれはギリシャの1万くらいのポリスで直接投票された元はあまりにも違っている。
現代の大衆民主主義は常にファシズムの危険がある。
それでピカ―トはラジオからナチスが生まれたということを言った

大衆民主主義になるともはや1万のポリスとかとは考えられない規模であり人を選ぶにしても選挙でも百万以上の票が必要だとかその規模が違いすぎるのである。
そこから起きることはマスコミがテレビがその何百万の人々に情報で洗脳することが容易だったのである。それだけテレビの力が大衆民主主義では大きなものになりマスコミによって世論も形成されたのである。

つまり現代は相互の連関性を喪失した時代である。そこで人々を結びつけるものはヒトラーとかカルト教団の教祖とかになる。だからそうかなどは創価学会などはそのファシズムとなり日本席巻するようにもなる恐怖があった。
戦前だと日本の戦争もまたナチスとは違っていてもそれに反対することはできないのだからやはりファシズムとも似ていたのである。つまり民主主義とは必ず反対する人がいて成り立つ。
ファシズムとは反対を許さない。それは共産主義でも反対を許さないからファシズムとも似ている。ナチスのような独裁者は全国民を一つの色に染めて違った色を認めないのである。認めないというより抹殺するのである。そのためにソビエト連邦でも反対するものは粛清されて1000万人なのか殺されたのである

●感染症専門学者と原発の御用学者は似ていた

だからマスクにしても全員が一人もれなくマスクしているということが何かファシズムに似ていたのである。もちろん医学的に科学的にマスクが必要だということは否定できない
でもいくら医学的に科学的にマスクが必要だとしてもそれを認めない人もいた。これは陰謀だとする人もいた。でも100%の人がマスクをしている時マスクをしないということは不可能だったのである。その同調圧力は強力なものだったのである。
医学的に科学的にその危険性を常に言われたからである。現代人は科学に弱い。科学が宗教にもなったのである。科学者の言うことはまるでご宣託のように聞いている。。それは昔の聖職者とか僧侶にもなっている。

だから今回のコロナウイルスでも感染症学者が一番影響力があったのである。でもその感染症専門の人も実際はコロナウイルスのことを知っていたとはなっていなかった。何か未知のものでありそれで誇大に危険をあおったのである。 40万人が死ぬとか感染症学者が言ったときそのことをありえないとして批判された。だから今回のコロナウイルス騒動は実際のところこのコロナウイルスの正体を感染症の専門の人も分からなかったのである。だから過剰に反応してワクチンを打たせたとも見る。そして大儲けしたのは薬剤会社だったともなる。
だからそこでこれも陰謀論が言われたのである。

いずれにしろ今回のコロナはコロナウイルス騒動は何だったのか。それは過剰に反応したということがないだろうか。全く無視するということではない。危険なものだからそれなりの対応は必要だった。でも実際はこのコロナウイルスの正確な正体を知る人は専門の人でもいなかったのである。そこに世界的混乱が生まれたのである。
中国では大都市まで封鎖してそのために中国人は外国に脱出するともなった。日本へも移住する人が出てきた。中国だと統制が厳しいからそれで嫌気がさしたのである。

今回の問題の処理を見ていると一つはやはり科学的医学的にまず見る。だからまず専門の医者とか科学者が前面に出て話す。それは原発事故とも似ていたのである。事故が起きたときまず専門の科学者が説明したからである。
でもその科学者も政府寄りであり御用学者でありここではその危険を言わなかったのである。ただ放射線の被害というのはそれなりに研究した積み重ねがありそれで判断できたということもある。でもやはり放射線被害にしても明確なことは分からなかった。それでやはりコロナウイルスと同じように混乱したのである。

●マスコミとコロナウィルスとカルト教団とファシズム

とにかく現代の問題は原発事故で考察したように必ず科学的問題としてあり次にそれだけではない報道としてマスコミも影響する。それはナチスがラジオ利用して国民を洗脳したと同じである。現代でわテレビの影響力が絶大だったからそうなったのである

マスコミによって真実も歪められそれも世界にグローバルに情報が瞬時に伝達されて誤解をうむのである。それを象徴したのはイラク戦争の時の油まみれの油まみれの一羽の海鳥だったのである。その一羽のみが強調されて周りの状態は写されていなかったからである。別に海は油まみれにはなっていなかったからである。そういう誤解が常に現代でわ生まれているのである。フェイクニュースは常に生まれているのである。
そしては大衆は洗脳されるのである。
だから大衆民主主義はファシズムに最も近くなりやすいのである。カルト教団というのもやはりファシズムと似ている。宗教となると反対は許されない。反対するとバチ当たるとか集団で攻めてくるからである。だからナチスと似ているのである。
そして教祖は神のごとくなりヒトラーにもなる。それはまさに現代の文明の病理的現象として現実化した。それが恐怖だったのは1000万人とか死んだことである。まさにそうした狂気を大衆民主主義でわ書いて促進させてとめることはできなかったのである。

それで今回のコロナウイルスもそうしたファシズムとも似ていると思った。日本は同調圧力が強く余計にそうなったのである。
そもそも教育からして学校でわ一律的に強制的に人間をロボットのように扱う。制服でも揃いのものであり一律にして違ったものを認めない。それでアメリカとかほかの国でわ制服というものはないから自由な雰囲気があり創造も生まれるとなる。
学校教育自体がファシズム養成する場所にもなる

●大衆民主主義とファシズム

とにかく大衆民主主義とファシズムは似ている。
選挙にしても何百万票を得るとしたらどうなるのか。そのこと自体ファシズム的な手法を利用することになる。

難しいことは言わない
単純明快に言う
ただ中味より大声で訴える

この手法を取ったのが小泉首相だったのである。二三のフレーズを言って単純にして大衆に訴えたのである。大衆を扇動するということはやはりファシズムの手法なのである。
コロナウイルスのようにみんなにマスクをさせて強制させる。またファシズムは感染するのも似ている。国民が全員ひとつの思想であれ間違ったものであっても全員が感染するとそれに逆らうことはできないのである。それはカルト宗教団体の手法とも似ている。ただひたすら題目を唱えるだけで救われるとかこう利益があるとか問題が解決するとかもあそうである。

そこでは一切考える必要もない考えること拒否しているのである。大衆は考えない人たちだからである。
だから宗教というのは危険にもなる。本来の宗教ではなくファシズム宗教として利用されるのである。そして宗教は反対者を許さないから抹殺する殺戮して反対者を許さないのである。それは共産主義も1種の宗教だから1000万人とか粛清されたのであるから怖いものなのである。
ともかくマスクファシズムとも言えることをコロナウイルスで経験した。とても全員がマスクをしている時一人しないということはもう不可能なことを経験したのである。でもマスクがそれほど効用あるものだったかも明確ではないのである

今になるとマスクはするのは自由だとしても依然としてスーパーなどでは全員している。だから一人だけしないということはできない。それは明らかにマスクファシズムとも似ていたのであるなっていたのである。マスクするのは自由といっても現実にみんなマスクをしていればその圧力でマスクをしないということができない。それだけ同調圧力はいかに強力なものかをコロナウイルスを通じても体験したのである。
posted by 天華 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2023年06月09日

日本衰退の原因は低金利、発展のために金利を引き上げるべきだ (利子は資本主義に不可欠である利子がなくなれば終わる)


日本衰退の原因は低金利、発展のために金利を引き上げるべきだ

(利子は資本主義に不可欠である利子がなくなれば終わる)



低金利は借り入れ側の企業などには有利だが、預貯金を行う国民の側からすれば「富を奪われている」ということになる。本来もらえるべき金利を受け取ることができないということだ。

この「本来もらえるはずの金利」を国民が受け取ることによって、経済が活性化し老後不安も大幅に減少するのではないだろうか。

低金利政策によって「借り手」は大いに潤ったが、預貯金を中心とした資産を持つ国民は富を奪われてきたともいえる。
ところが、2%で貸し出して0.2%の利ザヤしか無ければ優良企業以外には貸せないということになる。

日本産業からチャレンジ精神が失われ沈滞ムードが覆っている大きな原因は低金利なのだ。
そもそも、優良企業は金利が高くても問題は無い。金利コストを十分負担できるし、事業で得た収益を活用すれば、借金する必要さえない場合もある。むしろ運用でさらなる収益を得ることができるかもしれない。
また国民も、利子という一種の「不労所得」は思い切って使う。


前述のように、ほとんど金利がつかない預貯金を取り崩すことには大きな抵抗があるが、利子収入であればもっと気軽に使える。したがって景気浮揚効果が大きいのだ。

こういうことはほとんど聴かない。金利をあげないでその金を回して金を借りさせて事業を起こさせて儲けさせる
でもこのことがうまくいかなかったとここでは指摘している。
このことは国民の貯金した金が奪われていると指摘している。

その金はどこに行ったのか?それは東京などの大都市に流れた。
または地方でわ中核都市に流れた。そしてその他の地域は金利がゼロでも別に金を借りて事業お起こして儲けることもできなかった。大企業を除いて金利をゼロにしても効果はなかったとしている。

●ゼロ金利で老人も不安になり使わない、金もまわらない

それより利子がつかないので消費意欲が減退した。多少金を持っている貯金している老人でも金は使いにくいのは全く利子がつかないからである。人間の心理としていくらお金があっても金を減らすことに抵抗がある。だから金が減るだけだとすると使いたくなくなるのである。もうし高度成長期のように利子がついていたらお金を持っている老人でも相当に消費した。

それが今は利子がゼロであり今になると返って銀行を利用すると金は取られるのである。そしてその預金すら利子がつかないというだけではない。預金封鎖があり貯金は国家に奪われてしまうということが常に言われる。だから今銀行に貯金していても安心がないのである
でもこの金利ゼロからマイナス金利にまでなっているのは日本の景気の浮揚策としてしているということでみんなしょうがないと思い是認していたのである。それで効果があれば何も言わない。
結果的には効果がなかったからこういうことを言う人も少数派でも出てきたということである。
本当に金利を下げて経済がよくなればそれも仕方がないとも貯金する人も我慢する。そうでないとしたらいったいなぜ金利をあげないのかと言う人がいても不思議ではない。
地方の経済でも一向にに成長しない。それはまた大企業や大都市中心にお金がまわり地方には回らない。

現在比較的繁栄しているのは、福岡や札幌などの地方の中核都市である。交通網が整備されたことによって、それ以外の地域から、人もビジネスも「よりよい環境」の中核都市に流れてくるのだ。

東北だったら仙台市に震災後は帰って人が集まり増えた。そして常磐高速とかが開通した結果かい余計に人でも金の流れがそうした中核都市に集まるようになったのである。

もともとは地銀とかは地域の経済の活性化をになっていた。でもその役割もなくなった。そもそもが利子がつかないということが原因でもあったのだ。あとそれはなぜかといえばもし老人が貯金していて利子がついていれば地域でもお金を使うということである。高齢化社会でも地域で消費すれば彼は金も地域に回ってくる。利子がゼロだということは物価が上がれば目減りしているし余計に金を使わないのである。
だから利子がゼロとかさらにマイナス金利にもなっている。このことがかえって経済を停滞させている。もしゼロ金利でも経済が活性化すれば仕方がないとなる。
でも現実は地域でも経済は活性化しないし向上しないのである。

●低金利政策は効果がなかった

ただ私がこういうのはやはりそれなりの貯金があるからだとなる。でも銀行が勧める投資信託とかは銀行の手数料商売でありそれで儲けることはかなりハードルが高いのである。
地銀ではもともと株とか投資信託とかの金融商品は扱っていなかった。それはやはり金利が高く金を貸せば儲かるという時代だったからである。銀行側にすれば金利が高い方がいいわけである。貯金している人も金利が高い方がいいのである。
でも景気を良くするために金利をゼロにしてマイナスにまでしたのである。それでも効果がなかったとすればその政策は間違ったものだったともなる。

低金利政策によって「借り手」は大いに潤ったが、預貯金を中心とした資産を持つ国民は富を奪われてきたともいえる。
ところが、2%で貸し出して0.2%の利ザヤしか無ければ優良企業以外には貸せないということになる。

低金利政策でもう儲かったのは大企業とか一部の優良企業でありほかの大部分は別にを利子無しで借りられたとしてもそれで景気がよくなるとか活性化することもなかったのである。
つまりゼロ金利政策は効果がなかったともなる。

日銀からの融資はやればいくらでもできるが。結局は日銀納付金の減少という形での公的資金てんつまり税金不足という形での税負担がおかしな形での通貨供給量の増大を招き将来のインフレをもたらす
融資先は基本的に日銀融資は目先の資金繰りの話であってツケ回しに過ぎない当面のごまかしが定着してしまうだけである
結局は税金かほかの金融機関からの援助の二つしか資金源はない。ところがほかの金融機関の援助というのは貯金している預金者から見ればその炎上しなければを受けられたであろう利回りの上昇とかサービスとかその金融機関の株価上昇するメリットなどを奪われるだけである-日本には日本の経済があるー菊池哲郎」

日銀の政策でもやることはたいして効果がないとなる。結局預金者がの利益をないがしろにして成り立つものだったのである。

ただ私にしても貯金がある程度ある人はやはり私益から考える。
だから必ずしも公正にはならない、でも現実問題として確かにゼロ金利政策が効果が無いとしたらやはり金利を上げるということも考えねばならない。貯金がない人には関係がないとかにもならない。地域でも貯金する人がありそれに利子がつけば消費するからである

ともかく百年安心の年金など全くない。みんな将来に対して安心感がない不安になっているから消費もしない。貯金でも利子が着けば消費するのである。
それより預金封鎖があるとかなんとか安心がないそのことが心理的にでも相当に影響している。景気が気だという時気持ちに大きく影響して全体的に波及して景気もよくならないのである。
だからなのか利子をあげた方が地域の経済にとっても活性化して金回りがよくなり効果的だともなる。すると安心感があり貯金している人でも地域で金を使うということになる。

ただ一方で貯金がない人にとってはは利子などは関係ない。むしろ金持ちからは税金を取れとかなるのも当然である。
人間はそもそもが利己的なものであり何か自分のことを考えないで社会のことも考えない。ボランティアでもうやはりそこに利己的なものがあってなされる。
宗教団体でも看板は福祉だとしても実際は私益から運動しているからである。
だから私自身でも金利を上げろというとき私益から言っている。でもその私益でも資本主義社会だとそれが経済を活性化して経済を成長するものとして認めているのである。

●金利がつかないと資本主義も終わる

そもそも資本主義社会で金利をゼロにするということは銀行のの収入もなくなりまたそうなると資本主義自体が成立しない。
だからゼロ金利とかマイナス金利になったらもう資本主義は終わりだとなる。そうなれば金利がマイナスなることはもう資本主義の終わりであり社会自体が成立しなくなり大きい変革が必要になる。つまり資本主義が終わり社会主義も失敗したしたから次は何になるのかとなる。そういう時代の大きな変わり目に来たともなっているのである。

利子の下限は限りなくゼロに近いわけだが、それでもあまりに利子を低くしすぎると、今度は貨幣資本家の貸し出し意欲がそがれる。だから、貨幣資本家がある程度納得できるような水準に決められる。それがどのような水準に落ち着くか、明確な基準はないとマルクスは言う。さまざまな偶然が積み重なって、事後的に決まってくるとマルクスは考えた。

利子を取ることはキリスト教でも禁止されていたしイスラム教では今でも禁止されている。でも利子を容認したことが資本主義が産まれ発展してきた。利子を否定したイスラム教は発展しなかった。それは利子を認めるか認めないかということでそうなったともみる。そもそも利子は高利貸など良いものとして日本だってみられていなかったのである。
ただ利子をとること悪いものだとしたら資本主義はありなかったとなる。だから利子の問題は資本主義の根幹をなし銀行が金を貸して利子をとるということは悪いものではなく正当化されて発展したとなる。だからゼロ金利政策とかマイナス金利になるともう資本主義は成り立たなくなる危機だとなる・

そもそも人間が金を貸すときそれを何も見返りもなく一人は貸す人はまれである。必ず何かの見返りを要求しているしそれが具体化したのは利子なのである。
そいうことで貸す方にしても利子を要求する。また金を貸しても返さない人も多い、それで何か担保を要求する。
でも簡単に金は借りられないから家族でも友達でも簡単に貸してくれないから危険な消費者金融とかに頼み借りるのである
家族とかだったらも返さないということも普通だが消費者金融だとガラの悪い人が取り立てに来る。でもその人が悪いかというとお金を借りた人にも責任がある。簡単に人は金を貸さないからである。
それで消費者金融の取り立てする人が悪役となって金になっている。誰も見返りがなかったら貸さないからである。だから利子ををつけるのはそのためである。それより利子もとれなくて現金も回収できないということもある。そしたら貸す方では商売が成り立たないとなるからである。だから借金する人にも問題があり借金は極力しないのが無難だとなる。

個々人の貸し借りと事業の貸し借りはまた違っている。その金も大きくなるからからである。一人の個人が負担することは限界がある。だから会社組織にして借金したとしても倒産しても負担を軽減する。それで事業もしやすくしたのである。
ともかく銀行に貯金しても利子がつかないということはそもそも
資本主義が成り立たなくなっているとも見る。また個々人が株をやれ投資をしろといわれても簡単にできない、投資のプロでもうまくいかないものを素人がするのだから危険になる
銀行は地銀でも株のことなど素人だし株のこと知る人などいないのである。銀行では顧客の利益など考えていない、手数料とることしか考えていない、何か詐欺的なのである。

●貨幣資本家とは銀行にそれなりの金を貯金している人

今度は貨幣資本家の貸し出し意欲がそがれる。だから、貨幣資本家がある程度納得できるような水準に決められる。それがどのような水準に落ち着くか、明確な基準はないとマルクスは言う。さまざまな偶然が積み重なって、事後的に決まってくるとマルクスは考えた。


貨幣資本家とは銀行に貯金している人である。土地でも資本だし貨幣でも紙幣でも資本だからである。その資本家に利子もつかないとしたら銀行に貯金しても何のためにしているのかわからなくなる。貸金庫なのかとなってしまう、銀行の役割りは消失してしまうのである。

とにかく利子がつかないということは一見事業起こす人にはいいとなっていてもゼロ金利の効果はでてこなかった。すると政策の転換が必要になる。そもそも利子がつけられないことは資本主義自体の終わりを意味しているかもしれないのである。

金は天下の回り物だというとき金が回ることが経済を活性化する
高齢者でも金をそれなりに持っている人でも貯金しても利子がつかないことは金が回らないことである。高齢者でも貯金に利子がつけば金を使うことはある。孫にとか使うことがある。
地域でも使うことがある。利子がつかないということが返って金が回らないようにしているとも見る。それはすでに資本主義が機能しなくなったこととも見る。
ただ貯金がないわずかな人はそんなことは思わないのである。
でも金は回り回ってゆくから貧乏人にも金が回って行くようにもなる。金は天下の回り物だからである。

この「本来もらえるはずの金利」を国民が受け取ることによって、経済が活性化し老後不安も大幅に減少するのではないだろうか。

これも利己的な見方でも一理ある、ゼロ金利政策はそもそも資本主義では成り立たないものであり終わりになることに通じているのである。

posted by 天華 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2023年06月08日

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水中花

ふわふわとぽわぽわと
ゆったりと水の中に
争うこともなく
みんな仲良く
ふわふわとぽわぽわと
集まり咲いている

Underwater Flowers

Fluffy and Fluffy
Leisurely in the water
There is no conflict
Everyone gets along
Fluffy and fluffy
Gathering and blooming


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chinese canal

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Japanese spring

原発事故危害地域の予算は国がなお援助している (故郷を失うことの精神的影響)

原発事故危害地域の予算は国がなお援助している

(故郷を失うことの精神的影響)

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●依然として復興予算の割合が多い

福島県の予算を見ると南相馬市は復興予算が20%である
浪江町は80%である。双葉町は74%である。大熊は60%である。
相馬市は1%にもならない。いかに原発事故から12年過ぎても依然として復興予算が大きいと思った。
ただ南相馬市は20%になったから減少した。それでもそれなりに予算の2割となれば大きい。
飯館村は70パーセント とかでありそもそもそも放射線の被害が大きかったから補償金も多かったからである。でもやがては復興予算は消失する。すると南相馬市でも苦しくなる。

いつまでも復興予算を要求してそれでやっていくことはできなくなる。でも依然として裁判で補償金の増額がありそれで潤った人も多い。でももう復興予算とか国からは援助はなくなる。飯館村でもほとんどが残った人でも老人であり何か生産するということもない。補償金だよ頼りでありそれがなくなれば住んでいられるのかとなる。
南相馬市にしても2割が復興予算だとするときもしそれがなくなると福祉の面やその他教育にしても予算を回すことができなくなる。一時的に原発バブルでもあった。でもそれも終わりつつある。そして復興予算は国から入ってこない時もはや町や村でも成り立つのかという心配がある。なぜなら残ったのはほとんど老人であり若い人は極端に少ないからである。
だからそもそも浪江とか大熊とか双葉とか南相馬市の小高とかは維持できるのかという問題がある。
なぜなら現実として小高の人は原町に移住した人が多いからである。原町の方が何かと便利だから小高を復興させようとするのではなく移住した方がいいとなったからである。

いずれにしろ予算から見ればいずれは復興予算頼りだと立ち行かなくなる。
そうなるとむしろ小高だったら維持するにも返って無駄な金を使い南相馬市全体から見ればただお荷物になってしまう。すると現実として原町に移り住んだ人が多いように切り捨てた方がいいとまでなってしまう。もちろん小高でも浪江でもでも復興してもらいたい。でも現実は厳しいとなる。
ただ原町区は一人50万の補償金が加増されたので得したとはなる。鹿島区は一人16万だから不満がまた多いのである。それより相馬市などは復興予算もゼロであり今回の裁判の補償金は8万くらいなのである。
そのためなのかイオンなどが廃業して寂れたようになったのである。

●人が住まなくなるとどうなるのか、死者も幽鬼となり彷徨う

ともかく日本全国でもそうだが少子高齢化でこれから人口が減り日本は縮小してゆく。そして周りを見ると鹿島区とか相馬市では去年の地震の被害で家自体が壊されたのは目につく。
それも近いうちに空き家化する家だったかもしれない。跡継ぎがいな家だったかもしれない。それで自身で地震で破壊されて住むことを諦めたのかもしれない。
ただ村とか町とか人が住まなくなり消滅してゆくということはどういうことかまだよくわかっていない。
日本の村は日本人のアイディンティティの基盤としてあり何代も続いて住んでいた人たちがいる。そこに長い歴史があり重みがある。それが消失するということは何を意味しているのかまだそこに住んでいる人もよくわからないし自覚していないともなる。
なぜなら村で死んだ人はご先祖様となり日本ではその村に生き続けていたからである。それも消滅する時ご先祖様もそこには存在しなくなりその場を失い神社でも捨てられるのである。
そしてそこには死者も幽霊となって幽鬼となり行き場がなくさまようともなるのである。

それは農民社会でなくなったときそういうことがすでに起きていた。農村共同体は縮小して維持できないようにもなっていたからである。それに拍車をかけて原発事故で人が住めないようになり廃墟ともなったのである。
だから原発事故で故郷から移住した人たちはそのアイデンティティの場のルーツとなる場を失った。それが何を意味しているのかまだ自覚されていないのかもしれない。
ただ現代は広域化してどこにでも住んでいいという時代だから故郷にこだわる時代ではなくなっていた。
金さえあれば返って都会に住みたい。東北だったら仙台市に住みたいという人が多かったからである。それで津波もあり仙台に移住して人が増えて仙台はまた人口が増えたのである。
でもそうして移住した人たちは何かを失った。ただそのことを自覚されないかもしれない。特に若い人たちは移住した場が故郷になるので特にそうなのである。
都会とはみんなよそ者の集まりだから別にそれでふるさととか村にこだわる必要はないのである。でも確かに故郷を失うということが何なのか気づきその失ったものの大きさを知るようになるかもしれない。

●人間は歴史を生きる存在でもある―故郷を失うことの影響

なぜなら人間は継続するということは歴史に生きることは価値あるものとなってきたからである。それで近くの自転車屋は死んだときその自転車屋は町に一軒しかないなくなっていたから貴重な物となっていた。
そして死んでも駅前と結びついていて街全体とも一体化してあったことを意識するようになったのである。
だから原発事故で町や村は消滅して行くようなものになった時一体そこで人間の存在感を持つことができるのかとなる。
人間は依然として家族のために働くということは続いている。でも市町村はあってその全体のために働くとか存在するということは希薄化していた。でも人間は死んだら終わりとなるのではなく継続されることを願う。だからこそ村があったときは農業者会であった時は死者は山に葬られて眠り田植えの時期などに山に降りてきて手伝ったとかいうことになる。それは依然としてその村に死者も生き続けられているということなのである。

それが動物の生と違って人間は一代で終わるものではなく継続されたものとして生きる歴史的存在だということなのである。その歴史が消失することは人間の存在の意味の否定にもなる。ただ少子高齢化で限界集落は廃村になったり消失してゆく危機である。それが何を失うものとなるのかまだそこに住んでいる人も周りの人も自覚されていないのである。
それは経済的な面だけではない精神的な問題なのである。そのよって立つ基盤が消失するということである。それはかなり深刻なことなのかもしれない。でもそれほど深刻に思う人はいないともなるのか。ただ老人はそこに長く住んでいたのだからやはり自分のよって立つ基盤が失うということはショックになっていることは確かなのである。
posted by 天華 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年06月07日

死とは何なのかー生物的死と社会的死 (記憶され生き続ける死者−村のご先祖様になるとは)


死とは何なのかー生物的死と社会的死

(記憶され生き続ける死者−村のご先祖様になるとは)

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村だったらこのように形が違っても一つに結ばれていた

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現代は無数に分割されて一つのマス目が消えても気づかない

●人間の死を考える

◎生物としての死
〇家族内の死
○社会的な死

死を考えるときこの三つがある。生物としての死は社会とか家族とかも関係ない。人間が個人でも死と共にすべて消滅してゆく。
すべてが無となる恐怖である。
今日の宗教の最大の問題はこの死の問題でありそれは社会とも関係ないし家族とも関係ない。個々人が生物として死んでゆくことだからである。それは社会的にも家族的にも解決不可能である。社会でも家族でも個々人の死ねないようにはできない
いくら医療が発達しても人間は百才以上生きてもいずれは死ぬのである。それは社会問題として解決不可能である。
ただ人間が死んだら葬儀をしたり墓を作り埋めたりとともらうことはする。でも死に関してはそもそもは社会的に解決不可能なのである。それは科学技術でも医療でもいくら発達しても解決不可能である。
だからそもそも宗教は社会的政治的経済的問題ではなく死その物の解決が最大のテーマとなったのである。

でも現実は宗教も社会的政治的経済的問題として追及されるようになったのである。でも本質的にそれは社会でも政治でも経済でも解決しないのである。それは死の問題はそもそもなぜ人間が死ぬようになったのかそこから死の問題を考えねばならない
人間はエデンの園にいたとき死はなかったのである。
それが食べるなと言われた知恵の実を食べて死ぬようになったのである。ということは神が禁止したことを破ったことによって死が生まれたからである。
だから死の問題は神と人間の関係でありその関係の中でしか解決しないのである。人と人の関係が社会であり家族でもある。でも死の問題は神と人との関係でありそこに社会とか家族は関係しないのである。
だから社会では解決しない。科学技術でも解決しない。カルト教団のように何百万人を集め信者を集めて神に祈っても解決しない。選挙のように投票して死の問題など解決しないのである。それは神と個々人の問題であり集団的に社会的に解決できないのである。

永遠の命を与えられるのは神しかいないし集団的に社会的に解決できないのである。
こうして一番重要なことは人間だけでは解決しない。社会的政治的経済的に科学技術でも解決しない。そこに人間の限界がある。その努力は無駄だとは言えないにしても人間の力では死の問題は解決しないのである
ただ人間の死には家族内の死とか社会的死がある。それは死その物の問題ではなく社会的問題として国家的問題として家族の問題としてもある。死別はそれだけ深刻な物だからである。永遠に合わなくなるということは耐えられないとなるからである。
ただ社会的死というときまたは家族内の死というときそれはまた別物でありその死は社会的に家族内の人が考える物となる
戦死者は国家的問題であり国家として考える物となる。

●街の一軒の自転車屋が死んで意識されたのはなぜなのか

最近死んだわが町の自転車屋の星淳一氏は我が小さな町での一人の死だったけどもなぜか死んでからその人を思うようになった。
それは私自身が自転車のことでいろいろと世話になったからである。その人が死んで一軒もに町に自転車屋がなくなったことで余計に意識するようになったのである。
何か依然として駅前に自転車屋の星さんがいるように思えるのである。つまり星さんは死んでもやはり何か駅と共にありそこで自転車屋を継続している感じになったのである。
だから社会的には死んでも依然として生き続けている感じになる。それは別に偉人でもないし歴史的人物でもない。でも死んだ結果としてその人はなお依然として街に生き続けている感じになる。そのことは社会的にまたは歴史的にも継続して生きているという感じにもなる。
偉人の場合は歴史に生き続けるから必ずしも死んで全く消えてしまうということはない。でもそうゆう人はごくわずかでありほとんどの人は名前すらきを記憶されないのである。
でも何か自転車屋の星さんは街に生き続けている感覚になる。

人間はありふれた物とか当たり前のことが意識できない。
自転車屋などどこにでもあるとかなる。他でもいろいろ職業があってもその人が社会の中で記憶されるということはなかなかない。特に現代は無数の職業があり人はただ巨大な社会の部品とかして歯車とかして記憶されない。
一つの部品がかける死んで消えたとしても巨大な社会はやはり何もなかったように継続してゆく。一人の人間の死など歯車が一つ消えたとしかならない。でももしその歯車が一つ壊れて消えたとき社会自体に影響したらその歯車のことでも考える。
それは小さな町で一軒しか自転車屋がなかったからである。もし医者でも一軒しかなかったらその医者が死んだりいなくなったらみんな困るから記憶される。
だから人間の価値はその場所や時代によって常にかわっているのである。

●村社会では死者が御先祖様となった理由

いずれにしろ社会的には人間は死んでもう社会は維持される。でも今あらゆるところで後継者不足となっている。社会的に必要な物でも欠損してもそれを埋める人がいないのである。だから一見自転車屋などなくてもいいともなっていたが今やそれが小さな町から一軒もなくなった時その存在価値が大きくなったのである。
そして駅前にあったことで駅のことをいつも見ていた。街を活性化するためにわどうしたらいいかと駅のことで語り合った事があった。だから不思議に駅に帰ってくると星さんはそこにいる感じになるのも
今になると私の家族は全部死んだので誰も待つ人もいない。それは悲しくさみしい。家族の死もやはり大きな物としてあり死んでも依然として生きているような感覚にもなる

だから日本では村がその生活の基盤としてアイデンティティとしてあった時死んだらご先祖様になるということはその村では死者でも生き続けているのである。
盆踊りとは死者の供養のために村の人は死者とともに踊ることで始まった。それは村という中で親密な人間関係があり死んでも依然として生き続けている感覚がありそうなった
だから田植えの時は死んだご先祖様が山から降りてきて手伝うという時もそうである。つまり仕事をし続けるということである。
もしその人は何も仕事もしないなら村の中でも町の中でも死んでも生き続けるということはない。だから人間にとって仕事をして村の中でも役割があって生きていることが大事だとなる。
でも今はあまりにも社会が巨大化して複雑化して職業にしても一つの巨大な機械の歯車のようになって死はただ一つの歯車が消失したというだけになる。でももしその一つの歯車でも消えたとき全体が動かなくなったとき意識するのである。
小さな町では自転車屋一軒でもその役割が大きな物だったのである。だから死んでからその人を意識するようになったのである。

ただグローバル化広域化社会になると物はいくらでも入ってくるが人は意識されない。もし近くでしか食糧でも手に入らなかったら別に農民でもなくても農民の価値は高くなる。
米でも野菜でも近隣からしか手に入らなかったからである。もし近くの農民から食料得ることができなくなったら死ぬことにもなったのだから深刻だったのである。今は何かあれば外国から輸入すればいいとなり近くの人の価値が相当に低下したのである。
いずれにしろ死んだらその土地のご先祖様になるなどということはもうない。農民の間でもないだろう。社会的に人間の死は価値が低くなったのである。何か村の中で死んでもご先祖様として生き続けることもなくなったのである。
社会的な死として重く意識されなくなったのである。

つまり村であれ社会であれ仕事を何か役割を持たない限りご先祖様とか社会的的意義ある死になることはありえないのである
そもそもニートとか引きこもりとか百万人以上いるとかの時代である。働かなくてもいいとなっていてもではその人にどんな価値があるのかとなる。そこにベーシックインカムとかの大きな問題がある。人間の代わりに機械が何でもする時代になったとき人間の存在価値はなくなりチャットgptで人間は用ありませんといわれたらどうなるのか、この社会に存在する価値がないから死んでくださいとも命令れされかねないのである。

コンピューターであれ機械であれロボットであれ人間は無用だとされたらどうなるのか、これも恐ろしいことになる
そして現代はグローバル化経済であり物は世界のからいくらでも入ってくる。でもその物が作られた土地とか風土とか人間の労働とかそれを作る人の苦労とか気持ちとかはわからない。ただ物だけが心と分離して入ってくるのである。だから物とは心でもあり物が憑くとなっていた。その物と心は分離して物だけが入ってくるのである。
それで地産地消がやはり体にいいとなる。貿易は必要でも限度を越えているのが現代だからである。
どうしても物から心の方へシフトされてゆく望まれている。
現実に物と物とはやり取りされても人間の心はそれで結ばれたとはならなかったのである。

苗族民話集で歌垣の場で結婚の約束をするやりとりがある

それはまことか口先だけか
よりあう心がまことなら
手に手に近いの品をさしだして
二人の真心とりかわそう

つまり最初にまことの心があって物がその心に従うものとしてあった。心がさきであり物は心に従うものとしてあったとなる
今は物が心と分離している。それで人間疎外が起きて物神化したとマルクスが分析したのである。それは経済の規模が世界的になりあまりにも巨大化してもう人間的なものから離れて心も何もない。ただものだけがやり取りされる世界市場になったのである
そこで失われたのは心だったとなる。だから今はその心の回復をしなければならない。そういう時代になったのである。

2023年06月06日

誰も予測できない景気とか株 (なぜ日本の株が上がっているのか?)


誰も予測できない景気とか株

(なぜ日本の株が上がっているのか?)


経済学者の予測が驚くほどハズレる根本理由

●金融資本主義は実体経済と乖離している

地銀とか銀行でも株のことなどまったくの素人である。
証券取引所で働いていたと言うがその人は何も知らない
ではどうし奨めたかというと分散投資しろということであった。だからカナダの国債とかリードとかアメリカの株とかに投資したのである。しかしその理由も適当なものだったのである。ただ分散投資が安全だということでそうしただけである。
つまりABCDとあればそれぞれにランダムに理由もなく投資したのである。そのうちの一つくらい当たるだろうということであった。実際に一つは当たったのである。
それも円安になってそうなったのである。その円安にしてもドルが110円から120円になったくらいだった。今の円安には本当に驚く。こんなに安くなったらアメリカに投資していたらその利益は相当なものになっていた。だから投資して大儲けした人がいることは確かである
なぜ今これほど株が日本で上がっているのだろうか。その理由もわからないのである。日本の景気がとても良くなったとは誰も思わないからである。ただインバウンドで海外からの旅行者が戻ってきたということで観光面では景気が良いとなることはわかる
でも経済の基本となる輸出するものが日本にあるかとなるとトヨタの車くらいだろう。だから今なぜこんなに株が上がる上がるのだろうか。
その理由がわからない。アメリカだって景気が良いようには見えない中国だって行き詰まっている。そしてウクライナ戦争は終わりすそれも世界経済に影響しているからとても景気がいいとこ見えないのである。

ただファンドが日本の予算の規模の2倍の金を持っていて投資している。その莫大な金が日本に投資されているのかもしれない。つまり金融資本主義になれば実体経済から離れてファンドのようなものが右から左に金を動かして巨額のもうけを出す。
それは実体経済とは関係ないのである。だから今日本の株が上がっているのは日本の経済の実体を反映していないのである。もし高度成長時代のような時だったら実体経済が良いからみんな金回りがよくなっていた。その裏付けは日本の電気製品とかが外国で売れたからである。だがそれは理由が明確なのである。

でも今回の日本の株の上がっているのはなぜなのかその理由がわからない。ただ金融資本主義によるファンドなどの莫大な金が日本に流入して株が上がった。そうとしか見えないのである。
だからこれで日本語景気が良くなり経済が回復するとは誰も観ていない。みんな物価が上がり窮して生活しているからである。
実体経済が反映してないからこそまた急激に株でも暴落する。それはまるで天災のようにやってくる。その時日本の予算の2倍もあるファンドのお金が動き日本からそのお金が入ってこない時別な国に行く時日本株はまた急落するのである。

●資本主義はグローバル化は限界

つまり金融資本主義になれば巨額の金が右から左にAからBへCからDへそしてまたDからえAと移動して株の上り下がりがあるだけになる。。実体経済は何にも変わっていないのである。
それでもう資本主義経済は行き詰まっている。金余りになってその金を投資するばかなくなっているからである。一時は中国が投資する場となりアメリカでも日本でもその恩恵はあった。
とてもそれが一段落するともう中国が発展せず成長せず行き詰まる。そして今や世界的に経済も行き詰まり成長は止まっている。
インドが中国のようになるとは限らないみたいである。
いずれにしろ資本主義が金融資本主義になり投資する先がなくなる時行き詰まり終わりとなる。銀行でも金を集めてもそれを投資して利益を上げることができない。投資する先が無いのである。

だからなぜ銀行に利子もつかないのに貯金しているかわからないのである。
銀行でも金を集めても投資して儲けることができない。だから利子もつけることができない。
それなら銀行は貸金庫なのかとも見る。安全に金を守る金庫なのかともみる。
つまり投資先がなくなるとき資本主義も終わりとなるのかもしれない。それでただ銀行の役割もなくなる。それでも何か最近ステイブルコインとかが世界の通貨となるという人もいる。その時そのコインを管理するのは大銀行でありそれも日本だったら三つくらいあればいいとしている。後の地銀などはいらないとしている。
それは銀行が融資して儲ける先が無くなっているからである。
銀行の役割はただそうしてコインを管理するものであり投資して融資して儲けて預金者に利子お与えるものではなくなったのである。
そもそも学者でも銀行員でも証券会社員でも株の予測などできないのである

なぜ経済予測でも良くなるという人と悪くなるという人はいるのか。いったいどちらが正しいのか予測として当たるのかというと当たるも八卦当たらぬも八卦なのである。
だからグローバル経済というのは誰も予測できないし規模が大きすぎて何かようとしてもごく一部分のお見て言っているだけなのである。規模が巨大過ぎて誰もわからないのである。

ただわかったようなことを言っているだけなのである。学者ですらそうなのだから誰も予測できない。それでグローバル経済は爆博打場になりギャンブル場なのである。
ただその胴元がいて影の支配者でありそれがファンドなどになるのかもしれない。それがわからないから常に陰謀論になって終わっているのである。いかさまだとしても規模が大きすぎて実態が見えないからである。そして突然株でも急激に上がったり下がったり最悪は暴落するのである。
それももしかしたら日本の予算の2倍ものお金を持っているファンドが操作しているのであり実体経済とは関係ないともなる。
だからそもそも今や資本主義というのは限界にきている。投資先がなくなるということは資本主義にとっては致命的になるからである。いくら金を銀行に集めても投資先がないのである。

●ドルではない通貨が模索されている

だからもう銀行はいらないとなる。そして銀行員は失業するとなる。ただスティーブルコインとかでは大銀行が役割があり維持されるという
そもそも世界基軸通貨とかは覇権国が支配されるための支配世界を支配するためのものだったのである。イギリスが七つの海を支配していたときはポンドは世界基軸通貨だった。それで今でもエジプトポンドは使われているのである。介護
次にドルが世界基軸通貨となったのである。そこにアメリカのファンドが金を動く巨額のお金を動かして巨利を得ているそれは実体経済とは関係ない金融資本主義でありある意味でギャンブルで儲けているとなる。
だから今やドルでもロシアが使わないとか中国が人民元を基軸通貨にするとかサウジアラビアでも石油の代金をドル以外で取引しようとしている。アメリカではサウジアラビアにドルで石油を買わせるために軍事的にサウジアラビアを守るとしてドルで支払うことを守ったのである。

つまりアメリカの強さは軍事力があってドルを世界の基軸通貨として守ったということである。
でもそもそもそういうことに反発する人が国があって当然だとなる。アメリカだけが世界の富をドルを投資して得るということは不公平だからである。
そのためにもう世界通貨をどうしたらいいのかということでステーブルコインとかが使われるようになるとか模索する時代になったのである。
とにかくグローバル経済資本主義が金融資本主義とかなり実体経済から離れてただ右から左に巨額の金を移動させて暴利を得ていることはギャンブルで設けていると同じなのである。
それに反発するロシアでも中国でもサウジアラビアでもブラジルでも当然だとなる。別にその国々がいいとか味方して言っているのではない。公平なグローバル経済だったら貿易だったら世界中の人が認めるのである。そうでないからこそドルにドルが世界基軸通貨になっていることに反発することは当然なのである。

●突然暴落する株−そのからくり

そしてもうグローバル経済は規模が大きすぎて制御できないから突然天災のように暴落したり恐慌に陥る。それを避けることができないのである。だからこそスティーブルコインとか別なシステムが必要になってきたのである。ただそれも途上でありどうなるかわ予測できないとなる。

とにかく誰も株でも経済予測はできないこれだけは知っておくべきである。それは株の専門家でもできない。ウクライナ戦争のようなことは突然起こったりそれよりも金融資本主義になると実体経済から離れて金が右から左へAからBからCからDへまたDからAへ移動して株も上がったり下がったりしているからである。
だからなぜ日本の株がこんなに今上がっているのかその理由は何なのかそれはとても日本は景気がよくなったからだとは思えないのである。

とするとまた株は暴落する。それを見込んでいないと大損するとなる。それよりそんなギャンブル場にエネルギーを貴重な時間を費やすのは無駄だとなる。ただそこでは金を動かし金を得たいいうだけでありそれで何かを作り達成するということもないのである。要するに金融資本主義になればそこは博打場でありギャンブル場なのである。だからそもそも世界的投資家とかは詐欺師なのかともみる。
そこで巨利を得るのはファンドとかまたは陰謀論になればディープステートとかになるのである。だからこういう経済はむしろ破綻するのは当然だとなる。そんなギャンブル場に参加すること自体ただ金を奪われるだけだと思うからである。だからこそもう資本主義は限界であり終わりになると言われるのである
posted by 天華 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2023年06月05日

昭和30年頃の暮らし (テレビの影響と蒸気機関車から新幹線の変化)


昭和30年頃の暮らし

(テレビの影響と蒸気機関車から新幹線の変化)

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月給が5000円くらいだと店を開く金を5万を得るのに相当に苦労した。それで借りたことを公務員だった姉は常に語っていた
つまりその時5万は大金だったのである、銀行でも貸してくれなかったのである


●昭和30年の公務員の月給が5000円−馬鹿高いテレビの値段

昭和30年で国家公務員の月給が5000円くらいなのには驚いた。そしてテレビの値段が12万なのである。それも信じられないとなる。ただテレビは出たときは個々人の家庭でわ買っていない
理髪店とか電器店とか人の集まるところでテレビを置いていた。
だからそこに人が集まったのである。個々人の家ではテレビが買えなかったことはこの値段でわかる。
それにしても月給が5000円ぐらいでテレビが12万とかするのは驚きである。役30倍の値段になる。他にも冷蔵庫でも高い。それらは簡単に買えるものではなかった。

なぜならその頃冷蔵庫も洗濯機も無い。テレビももちろんない。
裏に小川が堀がありそこで洗濯板で洗濯していた。燃料は炭でありトイレは外にあり新聞紙がトイレットペーパーだった。電機は裸電球一つだった。
認知症になった家族の一人が洗濯機が使いなくなり洗濯板でごしごし洗っていた。機械の操作ができなくても昔していたことはできるからしていたとなる。
何かその生活は江戸時代とたいして変わらなかったのである。だから江戸時代のことはリアルにイメージできたともなる。
この値段表を見ればテレビはバカ高いものだった。だから個々人では買えないものだった。テレビに映ることが大きな驚きであった

●テレビの影響は甚大だった

だからテレビの影響はどれだけ大きいものだったかわかる。テレビに出ただけでその人がどんな人であれ名前が売れて国会議員にも東京都知事すらなれたのである。青島とかいう人はそうだった。俺は選挙運動なっかしないと宣言して当選していたのである。その人の中身などどうでも良かったのである。テレビに出ただけで名前が売れて選挙運動しなくても芸能人が当選した時代だったのである。それだけテレビの影響力は大きい物だったのである。テレビによって相撲中継がありプロ野球の放送はありスポーツが娯楽となったのである
それをテレビがないときどこ比べればわかる。江戸時代だったら相撲でも演劇でもドサ回りとか地方回って金を稼ぐ他なかったからである。テレビは家にいながらにして楽しめるからそれだけ普及したのである。

ニュースにしても蒸気機関車の時代がありフイルムを鉄道で運んでいたのである。映画館がありそのニュースを映していたのである。だから一日とか2日とかさらに遅れたものとして映していた。それも本番の映画のドラマの前にニュースを放映していたのである。だからその時動画によってニュースを知るということは難しかった。それで毎日配られる新聞がニュースのニュースを伝えていたのである。新聞の時代でもあった。。その紙も貴重だからトイレットペーパーとしても他にもいろいろ包装などに使われていたのである。
私の家では店を始めてその包装に商品を入れる袋に新聞紙を使っていたのである。その時バラ売りとか量り売りがでありそのために袋を必要としていた。それで母が新聞紙でその袋を作っていたのである。そののりはご飯をつぶして作っていたかもしれない。あらゆるモノが無い時代だったからである。

●繁盛した小さな小売店

でも店は繁盛した。私の子供の時はまるで丁稚だった。常に配達をさせられていたからである。私の父が第一双葉の酒店で丁稚をしていたのである。だから私にそろばんを習わせたのである。その頃みんなそろばんを習っていたのである。
でも今になればコンピューターでありそろばんは何の役にも立たなかった。それは常に時代の変化としてあるある。将来の変化時代の変化があり社会のどうなってゆくかわからないのである。だから先を見るということが大事になる。
日本では30年失われた時代がありITなど先を見ることができなかったので今日の停滞と衰退がある
今ならコンピューターのプログラムを学ぶことは必須となりそれはできないものは給料も安くなるのである。
つまり親の言いなりになることは危険なのである。なぜなら親の時代と全く違った時代を生きるようにもなるからである。
江戸時代なら変化が少ない。だからそろばんでも通用していた
今はめまぐるしく技術でもなんでも変わるから親の言うとうりにしていると時代遅れになってしまうのである。
親の奨めるものは時代遅れにとってなって役に立たなくなるということがある。

●蒸気機関車から一気に新幹線の時代に

ただ私の家はでは昭和33年ごろテレビを買った。それは当時ではかなり贅沢だった。それは父親は病気になって家族が買ってやったのである。そのテレビでも病気になりまともに見ずに楽しめずに死んだのである。
また刺身が食えるようになったが食いたくないと言って死んだのである。病気でそうなったのである。だから高度成長時代の華やかな時を経験せずに死んだのである。
要するに戦後は今より活気があり希望に満ちていてみんな懸命に働き高度成長を迎えたのである。その時東京オリンピックがあった。日本が戦争の敗北から立ち直った象徴として世界に示すためにあった。。その時まだ蒸気機関車であり原町の高校に通っていたのである。だからそれも信じられないとなる。このように時代は常に変化しているのである。

1964−昭和39年ー東海道新幹線開業

これがわからないのは確かに高校の時蒸気機関車で通っていた
それが新幹線開業の時だったとなる。そんなに早く開業したのかと驚く、常磐線では蒸気機関車だったからである。
鉄道も急速に電化して新幹線が走ることになったことに驚くのである。

●毎年一万賃金が上がていた

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今や昭和すら昔として語られるようになった。昭和時代を懐かしく思う人が50代とかでいる。ただ昭和時代でも高度成長時代を経験した人としない人は違っている。
平成時代が30年ありそれが高度成長時代が終わり失われた30年となったからである。それで今30歳あたりの人は高度成長時代とかバブルの時代を経験していない。するとただ日本が低迷して貧困化した時代しか知らないとなるのである。
だから公務員の月給でも毎年1万ずつ上がっていたし労働組合でも賃上げ要求毎年のようにして必ず賃金が上がっていたのである。日本だけが世界で30年とかも賃金が上がっていないのである。その失われた30年の歳月は取り戻せない。 30年は相当に長い年月だったのである。

それだけ長いのに政府でも何もできず手を打たず国民でも何か惰性のようにして過ごして30年のたちまちすぎてしまったのである。ただ私の場合は高度成長とかバブルとか関係していない
会社にも勤めていないしただ自分の家にこもり好きなことをして旅をしていただけだとなる。だからその時代を生きたともならない。ただそれでも高度成長時代があり経済的に余裕ができてそういうこともできたとなるのである。

●少子高齢化衰退縮小する日本

こうして過去を振り返ると何か不思議になる。その生きていた時代のことも子供の時でありいろいろわからないことがあった。
でも今になるとその時代が今と相当に違っている。その雰囲気も違っている。近くの神社に子供はワンサと集まって遊んでいた。今は一人二人の兄弟がちょっと遊んでいるの見かけるだけである。何か全体的に停滞している活気のない世界に見えるのである。増えるのは老人と病人だけだとなる。。そして空き家が増大してゆく。もぬけの殻のよう空き家は点在しているのである。

時代の雰囲気としては少子高齢化でありどうしても活気がないのである。またその頃田植えとかの時期になれば村総出で田植えしたり稲刈りしたりしていたのである。小学校でも農休みとかあり農業が中心だからそうなったのである。その時機械を使っていないから人力でみんな働いていたから活気があったとなる。それは山村でもやはり子供や若い人でも多かったから活気があったのである。確かに貧乏ではあったがは活気はあったのである。

ここのyoutubeでその頃病気している人が少なかったと言っている。医者は往診していた。それも車がなく自転車とかで往診していた。大きな病院は少なかった。でも病気になる人はいたけど元気な人が多かったというとき病気になって早く死んでいたからそう感じたのかもしれない。
でも若者も子供も多く老人とか病人は少なかったとなる。だからこそ全体的に活気があったとなる。医療費とか福祉にかかる負担も少なかったとなる。やはり子供や若者や健康な人が多ければ当然社会に活気が出る。福祉でも医療費でもそんなに負担がなかったということである。

でも今はこれから少子高齢化というのは長く続く。それで日本の社会全体が停滞してさらに衰退してゆく。社会自体も空き家が増大して縮小してゆく。そういう下り坂の社会になってゆく
社会的には成熟した落ち着いた社会になってゆくかもしれない。どうしても高度成長のような時代は来ない。それは一時の幸運であり栄華だっともなる。
posted by 天華 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2023年06月04日

現代文明はもはや一個の人間が認識する範囲を越えている (狭い範囲で自然の中で認識しアイデンティティ化することが文化をうむ)


現代文明はもはや一個の人間が認識する範囲を越えている

(狭い範囲で自然の中で認識しアイデンティティ化することが文化をうむ)

●テレビでは世界を認識できない

現代の問題とは何か。それは人間の認識の限界を超えて世界が拡大したことである。人間の認識は肌感覚で知る世界である。
人間形成にしてもとても現代のような世界では広すぎて世界を認識できない。人間は今や無数の部品とかしてそこにつながりを見出せない。グローバル化したからといって人間の認識が拡大して進化したとも言えない。肌感覚で知りえたものではないからそこに錯覚が生じているのである。

それでイラク戦争の時油まみれの海鳥がテレビい映されたその周りは別に油がで汚されていたわけでなかったのである。
その海鳥だけを取り出して作られた映像でありそれで世界中の人がイラクはフセインはひどいやつだとされたのである。それはアメリカの一方的な横暴だったのである。
つまりテレビと言う小さな箱からの映像では本当のこと真実は映し出されないし知り得ないのである。それで映像によるやらせがテレビを通じて行われてきたのである。
だからマスコミをとうして世界を見る日本でもそこで本当の真実を認識できるかとなればできないのである。

●人間の認識する範囲は狭い

そもそも人間の認識は限られたものでありそこに必ず人間の認識を超えたものがあり問題が起きる。 孫悟空のように地球の果てまで言ったと思ったらそこはお釈迦様の手のひらのうちだったのである。つまり人間は地球とか宇宙とかとても肌感覚で認識できない。その広さとか認識できない。

世界のことでも地理でもあまりにも広大で理解できない。日本では砂漠もないし草原もないするとそもそもがとても大陸を理解できないとなるのである。
そこにどうしても肌感覚で理解できないものがあり誤解が生まれるのである。世界地図をいくら見ても世界がわかることなどありえないのである。

人間は認識できる世界は実は狭い。そのその範囲は私の住んでいる相馬藩くらいなのかもしれない。でもそこにも海があり山があり全体を把握することは認識することは難しいのである。それで福島県となるとその地理を認識することが難しい。なぜなら浜通りだと阿武隈高原み遮られて中通りとか会津の方は全く高い山でも見えないからである

地理の一体感は常に見えることによって認識する。
常に見えなければそれを認識することは難しいのである。
福島県は広いからそれで一体感を感じないのである。
むしろ山からでも牡鹿半島が身近に大きく見えたことに驚いた。
すると宮城県の方が地理的一体感があり身近なものとしてある
交通でも仙台市が鉄道で通じているから宮城県の方が生活でも関わりが深くなっている。

●なぜに日本では小国という地名が多いのか

とにかく人間の認識は日々の生活で見える範囲が認識する
見えなければその存在すらなく一体感もないのである。
日本は山が多いから山に遮られて分断されている。
だから地理的には日本は統一することが難しいようにも見えた。
外国だと大陸だと広大な土地があり山もない平原が森林でも続く。そういう世界では大帝国が生まれやすい。遮る物は無いから平面を平原を遊牧民が移動すればそれによって既にジンギスカンのような大帝国はおのずと生まれたのである。

日本の場合なぜ無数に小国という地名が多いのか。それは山に遮られて人間の行き来が少なく小さな世界に閉ざされて自給自足していたからだともなる。だからその小さな国が一つの独立した国のようになっていて小国という地名が多いと思うなる。
とにかく人間の認識には限界がある。アメリカのグランドキャニオンやモンゴルの遮ることのない広大な平原は砂漠など日本ではとても肌感覚で実感できない世界なのである。

ただ人間はその精神を育むとしたら基本的にはやはり小さな世界でも村のような社会でも何かそこに共同性がありアイデンティティ化するものがありそこで認識を深め社会でも世界を知るということになる。
基本的にそういう場がない時人間はアイデンティティ化できず不安定なものになる。それで現代文明はグローバル化しても世界を認識できたとはならなかったのである。
むしろ人間はもともとは狭い範囲で認識して外界でも自然でも社会でも一体化していた。それができなくなったとき人間の精神でも心でも分裂状態になってしまったのである。なぜなら東京のようなところでどうしてそこで世界を認識し一体化できるのか。その東京を見れば何か既に核分裂状態にあるのではないかとぴカートが言ったがそれも説明しなくても東京のような大都会を見れば一目瞭然だとなる。

●言葉で表現できな世界の異常性

そこではもう言葉も通じない。言葉でそもそも表現できないので摩天楼のようなビルを見上げて人間は粒のようになってただその巨大なものを見上げている蟻のようになっているのである。
そこに人間がどのように繋がっているかもわからない。核分裂状態になっているから核兵器も生まれたと言っても言っているのも分かる。
つまりもう人間の認識を遥かに超えた社会になっていて精神がそこで作用することができなくなっている。
それはすでに言葉で表現できないということで分かるのである。何かすでに言葉で表現できないものが無制限に拡張して隙間もなく埋め尽くされている。そこはカオスとなりその大都会時代がすでに核分裂状態にある。
だからその異常なカオスから分裂状態からヒットラーがナチスがまだオームのようなカルト教団や団地から生まれた選挙宗教となった創価などが生まれた。それは現代文明の病理的現象として生まれたものであれ本来の宗教とは何の関係もないのである。
でも怖いのはその病理的現象が大衆ファシズムとなりナチスとなってゆく怖さがある。だから今や人間は人間として存在しえない。そのために天才とか特別優れた人間はアウトサイダーとなり文明を拒否するようになったのである。

●動物とも一体化したアイデンティティ化したエジプト文明

文明というときエジプト文明だとあらゆる動物が神聖化して人間と一体化した。それはアニミズムになるがそれでもなぜそうなったかというと動物が自然の中で生きている姿を見てそれが神のように見えたのである。鳥でも牛でも神格化されたのは自然の中でそれを常に見ていた結果自然に調和しているから神格化されたのである。
それは確かにアニミズムなのだが偶像崇拝にもなるが現代人ではそういうことはありえないということ自体また人間がいかに自然から遊離したものになったかであるお示しているのである。

大都会に居ればまずそうして自然の中に調和している動物であれ植物であれ見ることがないからである。そして機械化してロボットを作り自然に生きる動物は駆逐されたのである。
動物が生きているということはやはり自然があるからであり日本に熊がなお生きているということは山に熊を生かす自然がなおあるということである。だから動物が絶滅することは自然も消えてしまうということにもなる。
だから依然として日本に山に熊が生息していることは自然がまだ残っているからだともなる。ヨーロッパあたりでは熊がいたとしても居なくなったからである。それだけ自然が破壊されたことをそれは物語っているのである

●教育する場の共同体の喪失

そしてなぜ今現代文明の中で人間形成することが難しいのか。
それはそういう場が消失したからである。学校があるとしてもそこは何か人間を教育するというよりは膨大な知識をつめこめさせて競争させて選別する。そこには何か人間を作るとかはない。
ただ膨大な知識を詰め込む場所でありそれもそこで何か連関的に知識を習得する場ではない。それがないのはそもそもは教育の基盤である村のような共同社会がなくなったからである。
子供はそうした狭い世界で世界を認識し育つからである。その狭い世界でもグローバル化したり広域化したりすると相互のつながりを認識できなくなる。そこでどうしても分裂状態になるのである。

それでなぜ江戸時代に明治維新でも多くの偉人を産んだのかというとそれはそれぞれの地域の藩内で藩校とかで教育されたからかもしれない。それは狭い範囲でも具体的にその土地とかその人間とか社会とか歴史でも共同性があり認識されていた。おのずとその社会自体が教育の場であり誰か立派な先生がいなくても教育されていたと思う
そういう場が明治以降はなくなり学校中心の教育になり人間形成がうまくできなくなったともなる。ただ明治以降でもやはり農業中心の世界だから地方でも田舎でも江戸時代からの連続性があり共同性があり人間はそういう場があり教育されていたともなる。

ただ戦争の時は村の中心の神社は戦争の勝利を祈るものとなった。テレビドラマでで八幡神社の誓いで8人くらいの同士となり特攻隊になったのである。
だから太平洋戦争でも村々の小さな神社がもともと共同隊として継続していたからそうなったともなる。
ただそれは国家によって悪しく利用されたのである。もともとは村々の神社は五穀豊穣を祈るものでありそういう戦争のために祈る場所でわなかったからである。
ただ神社とはやはり日本の共同社会のなかから生まれたものであった。それは農業社会だからありえたのである。今大都会で小さないやしろなどがあっても存在感が亡くなったのは農業社会でわなくなったからである

●拡張、拡散。拡大の世界の終焉ーclose,deep,rootがキーワードに
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今必要なのはグローバル化のように拡張拡大拡散することではない。そこで確かに外国の物産は入ってきても物と心は分離している。貿易は必要でもそれで人間は一体化して協力するとはならないのである。
むしろ物と物だけの関係だったら何かあれば対立して戦争にもなるのである。人間の認識できる範囲はまた相互に繋がれる範囲は狭いのである。認識できる範囲が人間には限界があるからである。人間の正常な精神の育成できるのは狭い場所でなのである。
そこで精神のアイデンティティ化できて自然と調和した精神が育成されるのである。そこでは物と心も一体となるのであるもちろん貿易は必要である。でも今のようなグローバル化経済は金融経済などは人間の精神からはかけ離れたものとなりもう制御もできない頃突然天災のように恐慌になっ崩壊するクラッシュするのである

そもそもグローバル化したからといって人間が教育され育成されることはなかった。むしろ逆に狭い範囲でこそ人間は正常に認識して人間も形成され精神も形成されたのである。
いくらグローバル化したとしても物質的には交流しても人間の精神は認識は限界があり形成されない。
だからこれからの世界は逆に江戸時代とか中世の閉ざされた世界へ回帰する伴う。文化にしてもフレンツェルのような5万くらいの都市でもあれだけの芸術と文化創造はあった。そこにはそれだけのものを作り出す基盤があったとなる。
でもグローバル化したからといってそうした文化は生まれていないのである。返って食べ物でも飲み物でもコカコーラとかマグドナルドとかその国独自の料理が生まれなかったのである。ただ寿司などは世界的になり日本の文化が広まった永遠なる。
とにかくこれからの世界は拡大拡張拡散することではない

キーワードとしてはclose.deep.rootになる

close identified place
deep identified place
steady rooted place

こういう志向になる。精神の充実が形成が優先される世界になる。これは木のようそれぞれの土地に根を張る植物的志向だとなる。
大航海時代から世界は拡張拡散拡大になったがそれも限界にきてもう投資でも開拓する場所もなくなったのである。これ以上増産拡張拡大していけば世界の自然環境も破壊されるからである。
それは世界の人も気づき始めたのである。それで持続可能社会(SDGs)を志向するようになったのである。

2023年06月03日

相馬藩内の市町村の特徴−花から見る (地理と風土が基本にあり飯館村も一体であった)


相馬藩内の市町村の特徴−花から見る

(地理と風土が基本にあり飯館村も一体であった)

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市町村の特徴はどうして作られるのか。それはまず地理とか地勢とか風土を基本にして形成される。それを基にして歴史が形成され個性が作られる。相馬藩というとき規模が小さい、六万石だから小さい、でも地形的には変化に富んでいる。
海があり山がありと地形的に変化がある。海の民山の民の国だとなる。それは日本が海彦山彦の神話があるごとくそういう国柄だからである。だから飯館村が相馬藩だったの一見離れてみえるが地理的に一体なのである。なぜなら南相馬に主な川が三つあるとして真野川は飯館村の大倉の真野ダムに通じている、その川は佐須を源流としている新田川は草野の飯館村の中心地を源流としている。

こうして飯館村地理的に離れて別世界になっているようで海側の南相馬市と一体なのである。だから放射性物質でもフレコンバッグが破れて流れ出しいたというときそれが川を通じて流れてくるから騒いだのである。真野ダム蓄積した放射性物質も真野川を通じて流れ出してくる。だから飯館村と南相馬市は一体なのである。それはすでに鎌倉時代でも鹿島区の鎌倉から来た岩松氏の領地になっていたことでも歴史的にも一体化していたのである
相馬藩になっても山中郷としてあり野馬追にも出ていたのである

ただ飯館村が海側と違った高地にあり温度でも5度も違うということはそこは亜寒帯であり植生も違っている。
なぜなら海側は浜通りは温暖だからである。それで照葉樹林帯の南限の地としてマルハシャリンバイが海老地区に指定されていた
また多珂神社の近くにスダシイ神社があるのも南国的な照葉樹林帯に属するか自生したとなる
そして大和王権が鹿島区辺りまで支配地とした。それで万葉集の真野の草原の歌は気候の境界線であり草原でない、かやはらを萱を歌ったものではない、大和王権の支配地として認定された歌でもあった。そこに大きな歴史的意味があったのである。

ともかくその土地のことを肌で知ることはむずかしい、その土地を知ることはまず地理と風土を知る。そこから始まる。
ところがそれは地図を見てもわからないのである。なぜなら地図を見てもなかなか土地の高低がわからない、モンゴルでは海抜が1000メートルある。飯館村の海抜が平均500メートルくらいだから倍の標高さがある。飯館村で平地の海側より温度が5度も違っている
そのために飯館村では冷害があり飢饉となり苦しんだ歴史がある。米がとれなかったからである。
ただ夏は高原地帯となり涼しいのである。

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このようにモンゴルは冬は非常に寒く厳しい地帯なのである。
日本人が北海道の人がテントで一年間暮らして一回り痩せたと言っていた。ということは栄養がとれずにやせたとなる
服でも分厚い服を着ているのは冬が寒いからである。
マイナス30度くらいになるから厳しい風土なのである。

世界になると地理でも風土でも知ることは簡単にできない、地図を見ただけではわからない、それが近くでもそうなのである。
海側と山側では特に飯館村は相当に風土が違っているのである

そして最近飯館村の森に銀蘭が咲いていることを教えられた。
その花は森の中に入らないと見れないしあいの沢の管理人は教えないと言っていた。採ってゆく人がいるからだと言っていた
確かにこの花は森の中でしか見れないとしたらめずらしいとなる
白色の花が暗い林内では銀色に見えるというときこの花の神秘は森の中で見るとき感じるものなのである。
それで飯館村の花は銀蘭にした。でも一回も見ていないのだからこの花が適当なのか問題になる。でも森の中に咲いているということで飯館村にふさわしいとなる。
それから原町の花をヒマワリにしていたがこれは外国産であり自生したものではない、それで小川町の川の土手に咲いている夏菊がふさわしいとみて原町の花は夏菊にした
相馬市は城下町であり藤の花があっていた。鹿島区は草深いとなり藪甘草が合っていると見た。小高区は最初に相馬氏が城を築いた所であり枝垂桜がさいていたのでふさわしと見た

ただ南相馬市というとき範囲が広くなったので町とか村の特徴を消したことはある、つまり南相馬市より原町市に方がふさわしかったからである。原町というのは長い間なじんだものであり南相馬市というのはただ相馬市の南としかならなかったからである。
それが無味乾燥にしたとはなる。相馬市は江戸時代の城下町でも原町市は常磐線の機関区となり別な発展をして作られた市だったからである。

確かに県の花とかある、でもさらに市町村ごとの花もある、しかしそれもふさわしいかどうか風土性と地理と歴史から感じるものだからである。それは地元の人でもなかなか気づかないとなる
つまり文化的なものはこうして風土とか地理とか歴史が複合的に関係していて気づきにくいし地元の人でも発見できないことがある。それだけ相馬藩であれ一地域のことでも知るのはむずかしいのである。それでもアイデンティティ化することはその土地と一体化することでありそこから文化が産まれるのである
そして豊かになれば時間にも余裕が生まれると文化が産まれる。
私が指摘したもの新たに地元で発見したものである。
その土地の魅力は実際はまだ発見されていない、未だに知らないことがあり感じないことがあるからである。
地元の人でもそうなのだから外から来る人が余計にわからないのである。相馬市と原町の相違がわからなとなる。これは旅してもそうなのである。表面的にしか理解できない感じないのである。
それで芭蕉がみちのくを旅してその風土性と歴史性を実感したことに感嘆するのである。

五月雨の降り残してや金色堂

五月雨とは自然の変わらぬ気候の巡りである。その大自然の五月雨にも朽ちず残された金色堂を歴史と自然の中で見事にとらえたのである。そこに悠久の歴史を感じまた自然の猛威ともなる五月雨を感じるのである
自然と風土と歴史性がこの短い句に凝縮されたのである
そのようにみちくの自然と風土と歴史性が一体化したことで
不朽のものともなったのである。
それはそれぞれの地域で風土と歴史性が一体化することアイデンティティ化すうることが文化なのである
だからcaltureとはcultivate(耕す)なのである。その土地のことはそこに長年住んでいる人でも発見されないことがある。
それだけ時間がかかるということである。
この歴史性というときそれを活かす時文化になる。飯館村までの塩の道が落葉に埋もれ忘れられている、でもそこをたどれば昔の人の苦労を偲ぶことができる。

それで栃窪にまんじゅうだけを売っている店がある。するとそれを助のまんじゅうとかすれば歴史を感じることになる
助の観音とは栃窪から山の道を行き休んだ場所だからである
白石に足軽饅頭というのを売っているからである。その饅頭を食べて力をつけたということである。その謂れを知り昔を偲ぶとなる、ただ腹を満たすだけではないものとなるのである
ただこの風土性とか歴史性とかを感じるのはむづかしいのである
地理でも車で一気に飯館村に行くと何かその高さとか塩の道でも苦労して塩を運んだことを偲べないのである。そこに返って便利になっていろいろなことを人間は感じなくなったともなる

とても奥の細道の芭蕉が感じたようなことは感じない、時代のせいもあるにしても余りにも便利になりすぎて感じなくなったのである。新幹線で二時間ちょっとくらいで来たら感じないのである。だから意外と今は旅でも浅薄な旅となり印象でも深いものを感じずに通り過ぎてゆくだけだともなっているのである。





posted by 天華 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2023年06月02日

長野県中野市の警官銃殺事件の深層 (銃を持つこと警察で許可したのは親が市議会議長だったから?)

長野県中野市の警官銃殺事件の深層

(銃を持つこと警察で許可したのは親が市議会議長だったから?)


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長野立てこもり事件】精神科医:和田秀樹としての見解


ここの解説が興味深かった。なぜ銃を持つ許可が降りたのか。その理由が父親が市会議員の議長であり土地の有力者だった。それで父親の威光で許可されたと言っている
それも確かにありうると思った。警察とかは弱い者には厳しいのである。でも権力も持つ者には忖度する。地域でも田舎でも有力者がいればその有力者に媚びる。
警察自体があるある意味で銃なのである。暴力装置であり強制力を持つ最大の権力なのである。それは自衛隊とは違って常に日常生活で庶民にその暴力をもっと暴力装置で強制する力を持っているのである。

でも警察の問題は大きな権力には弱い従うとなる。三権分立でも警察の力はやはり時の権力者に弱いのである。
そのことは庶民も衆知している。庶民でも警察を一番恐れているからである。身近に警官には直接触れるからである。交通事故でもそうだし日常的に警官に関わるからである。そして脛に傷を持たない人間はいない。そのために江戸時代の目明しのように警官は嫌われる存在なのである。

でもその土地の有力者とか権力者となると警察自体が媚びて大目に見ることがある。それで今回でもなぜ銃を持たせたのかをここで指摘している。それはやはり父親が市議会の議長であり有力者でありそのためだったのかということで納得する。
警察は巨大な権力には弱いし忖度してそこに犯罪があっても見逃すともなる。それがカルト教団とか分からないにしても創価などでも常に警察が強制的権力を持っているので何か犯罪があっても表沙汰にしないようにしているともされる。
つまりこうした大きい権力には警察でも弱いとなる。
だからこそ逆に人は権力を利権を得たいとなる。

そもそも人間の問題として権力というのはそれ自体が大きい問題を抱えている。権力というとき暴力装置としての機関だけではなく金も権力を持つ最大のものである。
これによって金によって人を支配することは容易だからである。
だから貨幣には時の土地の支配者たる王の像が刻まれている、貨幣でも紙幣でもそれを発行する力を持っているのはその土地の国家の支配者だからである。
ドルが世界基軸通貨となっているときアメリカが世界を支配していたとなるからである。
だから三権分立として暴力装置である警察とかでも行政から独立した権力を持たせるようにした。
つまりいかに権力を操作する権力を制御する権力を暴走させないそのために三権分立が生まれたのである。

権力は暴走する

銃は暴発する

それは歴史が証明している。ナチスであれ日本の戦争であれ権力が暴走することを止めることができなかったからである。
だから権力をどうしたら制御して大きな災いを産まないようにするのかが大問題なのである。
そして警察を利用する操作する背後の大きな権力が問題になる。だからこそ警察でも地域で働くにしても土地の有力者の方が権力者であり忖度し銃でも許可したとなる。だから警察にも許可を与えたものにも責任があったともされる。
つまり市議会の議長が父親でありその父親がいてその子も大目にみられたのである。ともかく人間は利益を得たい必死になっている。得する地位や職に就きたいとなる。それで公務員は得する立場にあり羨ましがられるということがある。それは親は公務員だったので分かるのである。

権力というのは銃とも似ているのである。銃を持つことは権力を持つことである。武器を持つことになるからである。
だから革命というとき共産主義でも武力革命であり暴力が肯定されていたのである。創価学会などでもそこで言われるのは指示されるのはいかに権力を取ることかである。
それしか頭には無い。その権力を奪うためには民主主義社会では選挙になるから日日選挙活動でありそのために毎日祈っているのである。すべては数であり一票を得るために日々祈り活動しているのである。これも政教分離にが違反しているのだが自民党が公明党と一体化しているとき法律も無効になるのである。

要するに権力を持てば法律など関係なく思いのままにできるということである。日々の生活でも人々は権力を得たいと思うのは権力を得れば思いのままにできるということを知っているからである。それは頭では無い日々の生活の中で具体的に知っているからである。権力を得れば利権を得ていい暮らしができるとなっているからそれは法律に違反してようが権力をもっているものには逆らえないからそこで大きい災いがナチスのように生まれてくる。
権力が巨大化すればもう誰も止めることはできない。戦争にもなり何百万人も死ぬことにもなるのである。
カルト教団は創価などでも頭にあるのは権力を得たいということしかない。それでなぜ創価が東京の選挙区にこだわり自民党ともめるのか、それは東京都が認可権をもっているからだともなる。

原則として、宗教法人の認可は、自治体によります。つまり、その宗教の本拠地がある自治体です。
東京にあるなら、東京都です。

ここで警察の予算にも口だしているというのもそうなる。でもそれを制御しないとナチスのよなり大きな災いとなるのである
いずれにしろここでは銃の問題を指摘したがそれは大きくは武器の問題であり権力の問題でもあった。だから父親が市議会の議長であり土地の有力者であったことが警察でも忖度して危険な人物に銃を与えたということである
結果的に警察で土地の有力者に忖度してその災いが警察自体に及んだともなる。これもカルマだったとなる。権力者でもその上の権力者には媚びるとなった。
・・・に刃物だったのである。それは核兵器とか原発にもいえたのである。ヒットラーでもプーチンでも独裁者にそれを許可して使わせたらどうなるのか、その恐怖が具体的にウクライナ戦争で今でもありうること知ったからである。
この事件で背景がいろいろあるにしても銃の問題があったということこの観点から指摘したことは大事である

posted by 天華 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

栃窪の塩の道から八木沢峠の麓の家 (牡鹿半島が見えたー青葉風、夏つばめ、夏鶯、、、)


栃窪の塩の道から八木沢峠の麓の家

(牡鹿半島が見えたー青葉風、夏つばめ、夏鶯、、、)

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牡鹿半島と松川浦が見える、大きく見えたのは驚き

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AIで作った画像

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八木沢峠の麓の家ーここから山に登る道がある

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五六羽の夏鶯の競う声
大原や黒揚羽三羽夏あざみ
青葉風軽快に走るサイクル車
駐車場車あまたや夏つばめ
喫茶店夏の空にや昼の月
つつじ赤く車の絶えじ六号線

登り来て青葉の山の間海見えて牡鹿半島連なり見ゆる
山囲み家の見えじも誰が住むやここに暮らして何思ふらむ

栃窪から塩の道を登ってゆくと道は崩壊していた。でもそこから男鹿牡鹿半島がはっきり見えた。こんなところから見えるのかと発見だった、意外と浜通りは海を通じて地理的に一体感がある
まず見えなとしたら地理的一体感が感じないからである。
浜通りは阿武隈山脈にさえぎられて吾妻山でも見えないからである、ましてや会津の山は全く見えないからそこは同じ福島県でも別世界なのである。
ただ蔵王は南相馬市でも鹿島区からでもはっきり見えるから山形県と一体感が感じるともなる

塩の道を上って行って助の観音からさらに登ると崖崩れがあり飯館村には行けなかった。それで引き返して上萱(うえがや)を通り八木沢峠の下の道に出た。そこで一軒の家がありそこには人は住んでいない、でも車があったから全く放置はされていない、そこは小高い山に囲まれていて不思議な空間だった。家が見えない、ただ山に閉ざされた空間だった。
その前は湿地帯になり黄菖蒲があまた咲いていた。もともと日本はこうして湿地帯だったところが多い。だから菖蒲田とかの地名がある。
そもそもこうした辺鄙な所に人が住んだのか、そこでも暮らしがなりったったからだろう。その一軒の家から山の中への道があり結構長い道を上ると行きずまりになっていた。

その道にも人の手で作られた石垣があり人がこの道を利用していた。何か木材とかを利用していて道を作っていた。
炭焼きなどでもしていたとなる。なにかしら生業がないと暮らせないからである。
ともかく人間は住む場所によって気持ちでも変わる、家も見えない山に囲まれたところで住んでいたらどんな気持ちになるのだろうかと思う。街が全く見えないからである,隠棲の場所としてはいいとなる。でも不便になるから車がないと生活できない、その家には車があるから人が住んでいるようにみえる。全くの空家とは違う、ただ空家化した所も多い、とにかくあんな不便な場所でも人は住んでいtえ暮らしていけたのである
そういう場所は日本でもいたるところにある、やはり炭焼きとかがあり暮らしがなり立っていたことが大きい、その時山は活きていたのである。

そこから下って来て大原にでてイオンに出て休んだ
昨日は陽射しも強くなく快適だった。五月の気候は気持ちいい時であったが最近暑くなりすぎたのである。陽射しが強いと熱中症になるので出れなくなった